逆襲のシシャ2

 一呼吸置き、キシトアに向かってペテロは言った。


「……法王が血迷われたのは確かに事実でございます。しかしそれは一時的な事。これまでの心労が祟っただけに過ぎません。それを利用するなどと、いくらなんでも無礼極まりない。また、私がそのよう言葉を鵜呑みにして法王に背くと思われては些か心外でございますな」


「仮に正気に戻ったとして死んだ子供達が戻ってくるわけではない。それに、いつまた同じことをするのか分からんのだ。汚れた首は挿げ替えるべきだし、どうせ替えるなら捨てる首に他の汚点ごと持っていってもらった方がいいだろう。その提案をしにきた」


「法王が何をやっておられるか知っておいでならなおの事貴方の言葉を聞くわけにはいきません。ホルストは甘言や脅迫には屈しない。法王のご乱心に付け込み我が国への干渉を働こうというのであれば、例えキシトア様であろうとも然るべき対応をいたします」


「言うではないか。その胆力は気に入ったぞ。しかし貴様は誤解をしている。俺は何も懐柔しに来たわけでも脅しにきたわけでもない。まぁ話を聞け」


「……分かりました。お聞きしましょう」


「うむ。端的に言うぞ。ヨハネの逮捕を公表し、ミツの死刑を奴の独断でやった事にするのだ。それで我が国に頭を下げよ。それで全てが上手くいく。今までの悪政を全てヨハネの責任にすれば今日までの非友好的な関係も水に流れる。そうなれば今後、我が国と手を取り合って大陸平定を進めていく事も可能であろう」


「……なるほど。ホルストとリャンバが友好を結べば、ドーガも大陸に手を出せなくなる」


「気に入らんがそういう事だ。もしこの話がまとまれば、そっちに流している商品の値段を下げてやってもいい。無論、関税の緩和が前提だがな」


「魅力的ですがしかし、それだけでは我が国のメリットが少ないように思えます。ドーガとは袂を分かったとはいえ元は同士でありました。彼らの聖ユピトリウス邪道教義に思うところはございますが、関係は概ね良好。それを崩す可能性が高い案に、流通品の値下げだけで納得しろというのは余りに甘い考えではないでしょうか」


「言うではないか代理風情が。当面の安全が買えるのはメリットに含まれないのか? このままではリャンバとホルストは戦争になりかねないのだぞ?」


「先に申し上げました通りホルストは脅迫に屈しません。銃口を向けられたところで神のご意思は変わらないのです。自由と平等こそが我らの存在理由。それを害するというのであれば抗うのみです」


「奴隷を買っているくせに随分と綺麗な事を言うものだな。それともジョークか?」


「いずれは、彼らにも神の恩寵がございましょう。私達は神の使者としての務めを果たしているだけに過ぎません」


「詭弁だな……だが、まぁいい。話の論点はそこじゃないし、他国の政治に差し出口を挟むのも筋違いだ。奴隷の話は置いておく」


「賢明なご判断で。それで、リャンバと友好を結ぶ事で、我らはどのような得がありますでしょうか」


「荒れたホルストの公共工事をしてやる。格安でだ。それと貧困層への支援と職の斡旋に治安向上。これらをまとめて協力してやる。無論。貴様らの功績にしてもらってかまわんよ。せいぜいユピトリウスの信者が喜びそうな文句を考えておくといい」


「それは魅力的ですな。しかし、あと一つだけお願いしたいことが」


「存外がめつい奴だな……言ってみろ」


「リャンバにユピトリウスの教会を立てていただきたい。できれば、トゥーラに」


「それは厳しいな。我が国は別にユピトリウスの信仰を禁止にしているわけではないが、今はまずい。如何にヨハネに責任を擦り付けるとはいえユピトリウスがミツを切り捨てた事実は変わらないのだ。国民感情を逆なでするような真似はできん」


「でしたら僻地でもかまいません。肝要なのは互いの尊重が目に見える形で存在する事。ユピトリウスへの理解があると分かれば、信者もリャンバとの交友に抵抗を抱く事はないでしょう」


「……ふぅん」


 ペテロの下心は明白であった。リャンバに一つでも教会を置けばそこが発信源となりいたるところでユピトリウス信者が生み出されるようになる。下手をすればその影響力が政治にまで波及する事も十分に考えられるわけで、普通ならば慎重に考慮をする必要のある案件だった。


 が、キシトアの決断は早い。


「分かった、その条件を呑もう」


 即断即決が信条のキシトアに迷いはなかった。恐らくキシトアは、そうなったのであればそうなったで是非もないと思っていたのだろう。何者かによって国を支配されるのであれば所詮そこまでだったという事。そしてそうならないように手を打つのが政治であり、逆もまた然りなのだ。となれ、いずれに転ぶかは天命に任せる他ない。人間の力が及ぶ範疇を超えてしまうでき事に頭を使うのは不毛である。キシトアはそれを知っているからこそ迷わない。常に自らが思う最善を瞬時に導く事が彼の強みであった。


 しかし、最善を尽くしたところで上手く運ぶとは限らないのが現実である。キシトアの弱点は、これまでそうした現実を突き付けられた経験がない事が挙げられる。


「ありがとうございます。では、こちらもそちらの要望を叶えられるよう善処いたしましょう」


「うむ。期待しているぞ」


 会談は終わった。全てはキシトアの望むままに進んでいるように見えるが、現実というのは、そう都合よく進まないのであった。

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