丘へ6
ミツが連れてこられたのはバーツィットの教会裁判所であった。そこにはかつて彼を尋問した司教が顔を並べており、中央にはやはり、ユピトリウスの頭首たるヨハネがいた。
「久しぶりだね。だが、感傷に浸っている時間は残念ながらない。今回、我々が君を呼んだ理由は分かるかね?」
ヨハネが重々しくそう聞くと、ミツははっきりと答える。
「申し訳ございません。見当がつきません」
「そうか。では、教えてあげよう。君はユピトリウス教を破門となったにも関わらず神の教を説き、しかも自分が使徒だと名乗っているそうではないか。これは教義違反である。異端審問により罪を正さねばならない。つまり君は、罪人としてここに連行されてきたのだ」
「私が罪人? 主の教を説くのが罪だと、貴方は仰るのですか?」
「誤った教を広めるのは偉大なる神への背信行為に他ならない。もし君がかつてユピトリウス教徒でなかったのであれば、我々ではなく神が君を裁いただろうが、寛大な神は、例え誤っていたとしても御身を仰ぐ者に罰をお与えにならない。よって、神の代行者として我々が裁くのだ」
「馬鹿な。貴方は、神はお許しになっても自分たちが許さないという理由で私を裁こうというのか」
「そうとも。それが我らの使命だ」
「なんと愚かな……私は今、初めて貴方達に幻滅を覚えた。私を殺すのはいい。だが、そんな事を続けていればいずれ主が嘆き、人々の心から信仰の灯が消えてしまう。傲慢は止め、謙虚になりなさい」
「口を慎め異端者! 貴様が神を語るな!」
責め立てる司教達を制し、ヨハネが言葉を続ける。
「言いたい事は分かる。しかし、弁明は我々ではなく神の前で行う事だ。もう君が正しければ神はお救いになるし、誤っていれば善き道を示してくれるだろう。どちらにせよ、我々は君の救済を買って出ているのだ。それだけは分かってほしい」
下種な微笑がヨハネの顔に張り付いていた。
俺はその様子を見ると怒りと憎悪が湧き出る。こういう人間がどうして生まれ育ち人の上に立てるのか皆目分からん。そういえば地球でも校長とか教頭とか主任とかいう肩書の奴は最悪な人格であった。やはり世界というのはそういうものなのだろうか。どのような社会を形成するにしても、悪しき者によって手綱を握られるのが共通する事象なのだろうか。だとしたら夢も希望もない。善人というのは損するだけだ。
「法王様。私は貴方をお恨みしません。汝万人を愛し信じよが主の教でございます。しかし、民を私と同じように扱うというのであれば、私は主の教に背くかもしれません。どうぞ、このような事は私で最後にしてください。罪なき者を裁くのは、これで終わりにしてください」
「貴様! まだ自身に罪がないと述べるか!」
「痴れ者が! 恥を知れ!」
ヨハネは司教達の非難を止めず、しずとヨハネを見ていた。まるで自分には関係がないかのような表情を浮かべながら、真っ直ぐに。
一方リャンバでは、ミツがユピトリウスの手によって拉致された事がキシトアに知らされた。報告したのは、シェードであった。
「なるほど。話は分かった。で、貴様はどうしたい?」
「……どうしたい? とは」
「簡単な事だ。全てを公表して死罪となるか、このまま黙って我が国に協力するかだ」
「……私は、先生より生きて神の教を説けと言われました」
「そうだな。俺は一発ぶん殴って殺してやりたいが、恩人の顔は立てなければならん。まだ何も報いていないし、最後の望みくらいは叶えてやるつもりだ。実に不愉快で腹に据えかねる望みだがな」
「……」
「いいか。はっきり言う。貴様はクズでろくでなしだ。貴様のような人間がこの国にいるだけでも許し難い。とっとと野に出てくたばってしまえとも思う。だが、奴が言うのであれば置いてやる。せいぜい罪と共に生き、自罰しながら死ぬといい。それから俺の前には二度と顔を見せるな」
「はい。この身朽ち果てようとも、必ずや使命を全ういたします……」
「……行け」
シェードを退室させたキシトアはパイルスに目配せしてヨハネ宛の訴書を認めたが、本人も無駄だと分かっていただろう。ミツの死刑は滞りなく執行されるし、それを止める手立てをキシトアは持っていない。
軍を出して攻めればリャンバはホルストに勝てるだろうが、ケオスの影響でがた落ちした戦力では圧勝というわけにはいかない。少なからずダメージが蓄積される。そうなると怖いのがドーガである。
キシトアはムカームを警戒し付かず離れずの関係を保っていたのだが、ドーガがリビリを侵略し支配したとの報を聞いてから立ち位置を考えるようになっていた。より深く繋がるか、それとも国交を断絶するかである。
両者いずれにもリスクはあるが、何事もなければ対応は可能とキシトアは考えていただろう。ケオスの混乱も落ち着いたし、総力戦にでもならなければドーガ相手と言えども引けはとらない。故に交渉の余地が生じる。然るに軍事力は最重要かつ大前提の条件。そのカードをホルスト相手に切る事は、キシトアにはできなかった。ミツの死を公表すれば国民感情は一挙に主戦ムードとなるだろう。それは、何としてでも避けたい事象であったのだ。
「無力なものだ。腹立たしい」
そう呟くキシトアの表情はミツを探していた時と同じように、自嘲的であったが、同時に、心底から自身の無力を嘆いているようにも見えた。
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