素晴らしき異星に祝福を13

 リャンバの隣にある独立した小国、ラフシュにミツがいるとの情報を聞きつけ、パイルスは途中の業務から何まですべて残し車を走らせてやって来たのだった。元は集落の一つであったラフシュは早くからリャンバに支援を求め発展してきたため友好的な関係を築いており、情報は迅速かつ信用ができる。部下ではなく元首側近であるパイルス自らやってきたのはある意味友好の証でもあった。


「あなたがミツ・ナリ様でございましょうか」


弟子達と離れ、一人佇でんていたミツは、突如声をかけてきたパイルスを見据えて頷く。


「いかにも、貴方がお探しになっている人間かどうかは分かりませんが、私はミツ・ナリを名乗っております」


「ガーデニティの教祖様であり、この辺りで奇跡を起こし人々を救っていていらっしゃるミツ様でございましょう?」


「心当たりはございます。しかし、奇跡などというものは存じません。私は、主の声に従いっているのみでございます」


「神の声を聞き、病人を次々と治療していると聞き及んでおります。私にとってそれは、奇跡と呼ぶに相応しものでございます」


「主は人類を平等に愛しておられます。苦しんでいる者がいれば手を差し伸べお救いになられる。それは奇跡ではなく自然の理でございます」


「ですが、私どもは神の声を聞く事ができません」


「私もケオスの治療薬を託されて以来、お聞きになれません。思いますに、主はその時必要な者に啓示を与えてくださるのかと。然るに、私でなくとも、他の人間が代わりを務める事はできましょう。主に選んでいただき光栄ではございますが、私自身は取り立てて特別というわけではございません」


「多くの人は貴方を信奉し、仰いでおります」


「その信仰は主へ向けられるものであり、私のためではございません。仮にそういう者達が私を崇めるのであれば、それは過ちといっていいでしょう。しかし、主を信じていれば、必ずその過ちに気が付き、心を改めるはずでございます」


「そのようなものでございますか」


「そうです。信仰とはそういうものです。ところで、どのようなご用件があって私に声をかけられたのですか?」


「失礼いたしました。私、リャンバの元首、キシトア様に仕えておりますパイルスと申します。実はミツ様のお力をかしていただきたく……」


「私などに何かできる事があるとは思いませんが」


「いえ、ございます。リャンバに蔓延するケオス病の治療を行っていただきたいのです」


「それならば、このラフシュの医者に治療薬の生成方法をお伝えいたしました。私ではなく、彼らをお頼りになればよろしいかと」


「いえ。そういうわけにもいきません。確かに、病の治療についてはそれでいいでしょう。症状は治まり、国民全員が健康に過ごせるようになると思います。しかし、それだけでは駄目なのです」


「駄目。と、仰りますと?」


「疫病により悪化した経済や情勢を立て直すには、物質的な力だけでは不足なのです。精神的な支柱が、人々を奮い立たせる人物がいない事には、復興は叶いません。私は、いえ、私とキシトア様は、是非貴方にその役割を担っていただきたいと考えているのです」


「それならば貴方や、貴方が支持するキシトア様が適任ではないのでしょうか」


「確かに、私もキシトア様もその覚悟を持って臨んでおります。しかし、それだけではどうにもならないのです。リャンバはこれまで、発展と進歩こそが人類に幸福を与えると信じておりました。しかし、ある種の人間は物質的な充足が幸福に直結しない事が分かりました。我々は自由を尊重しておりますのでその価値観を否定する気はありません。しかしケオスの蔓延によりそうした人間が一層増加し、顕著となってきているのです。彼らが精神的な満足感を得るためにホルストへ渡る事も十分に考えられます。その数が増加すれば、リャンバに危機が訪れるでしょう。我が国の情報や技術がホルストに渡れば、彼らは容赦なく弱っている我らを滅ぼしにきます。きっとまた、戦争に発展するに違いありません」


「それは飛躍し過ぎではないでしょうか。彼らとて、暴力や争いを好むものではございません」


「貴方は、フェースの奴隷を見てもそう言えますか?」


「……」


「ミツ様。我々は恐ろしいのです。多くの人が死に、また祖国が失われると思うと、堪らなく怖いのです……どうか、どうか私たちリャンバの民を救っていただけないでしょうか」



 涙を流し助力を乞うパイルス。無碍にするなど、ミツにできるはずもない。



「……分かりました。貴方の望むようにいたしましょう」


「! 本当ですか!?」


「はい、私のような未熟者がお力になれるかは分かりませんが……」


「とんでもない! これで、リャンバは救われます!」


「ただ、約束していただきたい事が幾つかございます」


「約束……で、ございますか?」


「はい。お願いできますか?」


「それは勿論。なんでも仰ってください」


「では、申します。私を神格化しない事。主の名を政治的に利用しない事。市民にガーデニティの教を矯正しない事。この三を守っていただきたい」


「……分かりました。お約束いたします」


 パイルスは提示された条件を呑み、ミツの協力を仰ぐ事に成功した。しかし、この約束を守るというのは容易な事ではない。彼とキシトアが遵守したとしても、リャンバ市民の中には従わない者が必ず出てくるだろう。


 ミツは当然、それを分かったうえであえて口にした。それが神に仕える者としての責務であると、言い聞かせながら。

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