素晴らしき異星に祝福を11
善は急げと早速神託を授けたところ、最初は怪訝な顔をしていたがすぐに確信に満ちたように目を見開いて、ミツは近くの雑木林まで駆けだした。
調べるは風通しの悪い暗所。発見したのは折れた枝。側面にはびっしりとアオカビが付着しており、いい塩梅である。
次に辺りをうろつき生い茂る草花を見渡して選別していく。手にした植物はいずれも薬草である。それらを次から次へと採取し、駆け付けてきた弟子たちに渡す。弟子たちは解せぬという風な表情を浮かべていたが、ミツの形相に挟む口を持たず、なされるがままに材料を持ち、全員の手がいっぱいになるとようやく集落へ帰るのであった。
「申し訳ないのですが、鍋とすり鉢と小皿をいくつか借りてきてくれませんか」
ミツの頼みに二つ返事で弟子は奔走し、言われた通りの道具を持ってきた。これにて準備完了である。ここからミツは湯を沸かしたり調合したり取り分けたりと、ともかく諸々と事をなしていったのだが詳細は省く。正直なところ俺も俺も何をやっているのかちんぷんかんぷんであり、詳細に記憶できそうにないのだ。であれば、無理に記載する必要もない。
「よし……」
ミツはそう呟き汗を拭った。並べられているのは小皿に取り分けられたペースト状の物体と、薬草が漬かっている水である。ミツはこれを弟子たちに頼みケオス病患者が集められた小屋へ持ち込むと、一人の患者の前に跪く。
「苦しかったでしょう。もう安心です。貴方は救われます」
そう言って、ペースト状の物体を付着させた針を患者の腕に刺し、次に薬草水を飲ました。看病をしている人間はその様子を見て一瞬止めようと動いたが、ミツの慈愛を孕んだ後光により身体が止まり、淡々と処置されるのを見ている他なかった。
ミツはその後も同じように患者に針を刺していき、水を飲ませていった。もはや口も動かせない人間に対しては口で移すほどの献身を行う。人々はミツが何をやっているのか分からないはずであるが、不思議と涙を浮かべ祈りの姿勢を形作ったのだった。
それから三日が経つと、次々と患者たちの様態が回復していき、遂には誰一人としてケオス病の症状を発症しなくなっていた。彼らの体内からはケオス菌はすっかりと消え去り、一部後遺症こそあれ、極めて健康な、日常生活を送れるような状態へと戻ったのだった。
「奇跡だ……」
そう言ったのはミツを最初に案内した男である。思えば、この男がミツに患者達を見せなければ集落は救われていなかったわけであるから、それもまた導きだったのかもしれない。
「ありがとう……ありがとうございます! 本当に、本当に何と言ったらいいか……」
「例には及びません。私は主の御心に従ったのみ。全ての行動は主のご意思であり、私はそれを実行する使徒にしか過ぎません」
「それでも、俺達にとってあんたは恩人だよ! どうかここに留まってくれないか! あんたが望む事ならなんだってする!」
「ありがとうございます。しかし、お気持ちだけで。私は神の教を伝えるために旅をしておりますので、すぐにでもここを発たねばなりません」
「……」
ミツの言葉を聞いた男は涙を流したまま押し黙ってしまった。引き下がり、留まるよう説得しても無駄であると、彼の語気から気が付いたのだろう。
「……分かった。そこまで言うなら、留められないな……ただ、まだあんたに感謝を伝えていない人間が大勢いる。そいつらがちゃんと話せるようになるまで、ここにいちゃくれないか」
「……」
「先生……」
「……分かりました。では、しばらくここでお世話になりましょう。その間に、薬の調合方法もお教えいたしますので。必ず覚えてください」
「本当か!? ありがたい! 大したものは出せないが! 是非ともゆっくりしていってくれ!」
こうしてミツはその集落に二週間滞在したのだが、その間に小さいながらも教会が建設され(突貫工事のためまったく粗末なできであったが)、弟子の一人が残り司祭を務める事となった。
そこで一つ問題になったのが宗教名である。同一の神を崇める以上、本質的にはユピトリウス教と変わらないわけだがミツは教団を追放された身。信仰は等しくとも、ホルストの神域を意味する名をかざしているのはいささか意趣がおかしく、新たな呼び名が必要となった。弟子からはミツ教などいかがでしょうか提案されるも、それは恐れ多いと嗜める。煮詰まらぬ案に難航。試されるセンスと信仰心に、一同は天を見上げる。
「天……天か……」
「先生? いかがしました?」
「私たちは皆、主を思う時天を見上げます。これは誰もが生まれた時から無意識に、自然に取る行為ではないでしょうか」
「確かに、言われてみればそうですね」
「最初に玉音が響いた際も、天より注いだとされています。聖書にも主は天より我らをお守りになっていると記載されております」
「はい。私もそのように記憶しております」
「然るに、天とは神聖なる主の座であるといえるのではないでしょうか。いや、独自解釈は主への冒涜に繋がります。ここでは、主と密接な関係があるとしておきましょう」
「はい」
「であれば、我らの住まう土地は天が照らす限り全て聖域であり、主の慈悲に満ち溢れていると言っても過言ではないのではでしょうか」
「なるほど」
「……よし。こうしましょう。これより私たちは、主が見守る地に住まう者として、
ユピトリウスと同じ神を崇めながらも袂を分かったミツの顔は晴れやかであり、充足しているように見えた。天啓を得るとはまさにこうした状態なのかもしれない。一つ懸念があるとすれば神が俺であるという事であるが、それはひとまず置いておこう。
ともかくとして、ミツが教祖となり新たな宗派が生まれた事は、この星にとって、きっと幸福であろう。
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