素晴らしき異星に祝福を10

 その奇跡を起こすと評されていたミツであったが、勿論そんな非科学的なものではない。れっきとした薬学に基づく医療行為により、彼は多くの命を救っていたのだ。


 教会を後にして数年が経つ頃に、ミツはリャンバの領土に足を踏み入れた。噂に聞く虹の都とは如何なるものか年相応に心躍らせるミツであったが、途中立ち寄った集落で見た光景に浮ついた気持ちが一転、大きな衝撃を受け、悲嘆に暮れたのだった。


 痩せこけて骨と皮だけになった子供を虚ろに抱く母。水を汲み、僅かな肉や魚や穀物を用意する男。共に、顔に精気がない。もうずっとそんな風に生きているのだと口にせずとも語る人々の絶望は筆舌に尽くしがたく、ミツは崩れ落ち、思わず神に祈るのだった。この祈りは俺の感情に直結して流れ込んでくるため、他人事ではなく大変痛ましく感じられてします。ミツは人々の悲劇を直視すると槍で貫かれたような痛みを覚えるのだが、それが俺にも与えられるのだ。先手天的な自己犠牲精神はまさに聖者に相応しい特質であるが、俗物極まりない俺では身が持たない。できる事なら安寧に生きていいただきたいものだが、きっとそういうわけにもいかないだろ。人の不幸を見て見ぬふりして気楽に生きていく事を望むような人間ならば、そもそもこんな場所まで来ていない。


「もし。これはいったい何があったのでしょうか」


 ミツに声をかけられた男は、力なく口を開く。


「流行り病で、みんな駄目になってるんだ。すまないね旅の人。生憎だが、あんたらをもてなす事はできない。休んでいくなら、勝手にしてくれ……」


「流行り病……」


 その呟きに、男はチラリとミツを見て「見るかい」と尋ねた。ミツは弟子たちに目配せをし「はい」と答えた。


「そうかい。じゃあ、ついてきな」


 男が案内したのは粗末な小屋であった。傍らには使われていない車が一つ。恐らく、乗り手もおらず、行く当てもないのだろう。錆びついた金属部品が濁っている。

 小屋に入ると、そこには多くの者が病床に伏せ若い者達が必死で看病をしていた。彼らが祈るように、口々に呼ぶ名はきっと床に伏せる者の名前だろう。だが、それに応えるものは稀である。多くの病人に意識はなく、既に息絶えた者もいた。


「なんと酷い……」


 ミツが思わず口にすると、案内した男が吐き捨てるように言葉を返す。


「ここなんかはまだましな方さ。もう皆死んじまった集落もあるし、小さな国はすっかり活気をなくしちまってる。人の多いトゥーラも、看病にてんやわんやって話だ。リャンバはもうお終いだよ」


「……」




 言葉にならぬミツの言葉が俺の胸を突き刺した。鋭い痛みが心臓を捉え、思わず胸を抑える。


「フィードバックに苦しんでいますね。設定で切る事もできますが? 如何なさいますか?」


 モイは機械的な声でそう言った。可能であれば解放されたいものだが、しかし、俺は神としてこの異星を見ているのだから、これしきの事でへこたれるわけにはいかなかった。


「……大丈夫だ。それより、なんとかできんかこの惨状は」


「できなくもないです。いくつか方法はありますが……」


「俺が病原菌を排除するというのはなしの方向で頼む」


「相変わらずですねぇ……まぁいいでしょう。であれば、ここは一つ、星者に託すことにいたしましょう」


「ミツに? どうする気だ」


「何。簡単な話です。彼に奇跡を起こしてもらって、罹患者を治癒してもらうのです」


「そんな事ができるのか?」


「無論ですとも。まぁ、奇跡というのは比喩ですがね」


 モイが言うには、こういう事らしかった。


 リャンバ周辺に蔓延している病は変異した菌が原因である。現地の住民は病をケオスと呼称しているため、便宜上。この菌をケオス菌と名付ける。

 ケオス菌は湿度と温度の変化に弱くリャンバ以外の地域では基本的に生きられないが、感染力が強いうえに人から人への感染も確認されており、十分な対策を取らねば人類にとって大変案脅威となる。

 しかし、実はこのケオス菌の天敵が身近にあった。カビである。カビの成分が菌を非活性化させ、殺すのだ。感染者の傾向に清潔な人間が多いのはこのためである。

 そこで、この知識をミツに神託として授け、異星初のワクチンを開発させて事態の収束を図るのが得策ではないだろうか。

 やや強引ではあるが、ミツは俺の良心から生まれた存在であり、異星に住まう人間を救済するのが人生の目的である。であれば、その手助けをしてやるのが神の務め。是非とも協力し、パンデミックから異星の人々を開放するべきである。





「……なるほど分かった。しかし、そう上手くいくのか? この集落には研究機材も医療器具もないし、包帯やらの応急処置用具も心許ないようだが」


「そこはなんとかしましょう。大丈夫です。ある程度の無茶は神の特権でなんとかなります」


「やけくそじみているな……まぁいい。なんにしろ、やらねばならないのだ。ここは一つ、神らしく人類の救済に尽くすとしよう」


 こうして異星に住まう人間は、ミツ(と俺の)手引きによって、脅威に立ち向かうべく動き出すのであった。

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