素晴らしき異星に祝福を9

 ミツは自らに付き従う者達と共に東進する流浪の民となった。その放浪の内容については弟子の一人が鮮明に、あるいは誇大して書き残しており、後世の人間の検証と考察を難航させる原因の一端を担ったのだった。

 さて、彼を俺は弟子と記したのだが、これは彼や彼以外の信奉者がこぞってミツを勝手に師事してそう自称しただけであり本人は内心快く思っていない。ミツは、あくまで自分は神の伝道師であるというスタンスを貫いているためである。神の教ならばいざ知らず、己の狭い知見と了見を聞いて、神ではなく自分自身を仰ぎ、崇拝を許すというのはある種の冒涜になるのではないかと危ぶんでいたのだ。


 そこでミツは、弟子達に向かってこう告げていた。


「私の弟子を自称するのは構いません。しかし、私の遙か上に偉大なる主がいる事をお忘れなきように」


 弟子たちはその言葉に頷きこそすれ、心から神を敬う者などいなかった。彼らはミツの人間的な高潔さと慈悲深さにほれ込んでいたのである。

 弟子の中にはフェース人以外の人間もいる。彼らは元ユピトリウス教徒でありかつては神を信仰していたのだが、それが霞む程、ミツに射す後光に希望を与えられたのだ。手を差し伸べもしない神よりも実際に行動を起こすミツの方に敬意を表すというのは当然の事。俺はつくづく自分を恥じると同時に、ミツの人徳に感嘆するのであった。



 こうして一同はあてもなく大陸を移動していくのであるが、道々では幾つかの集落に訪れる事となる。集落の人間は実に寛容であり、フェース人だろうが何だろうが関係なく迎え入れ、茶飲み話などを楽しんだのであるが、その中にミツの心を捉えて離さない内容のものがあった。それはホルストが内戦をしていた頃の話である。差別され、虐げられていたとある集落に一人の男が現れ、妥当ホルストを掲げて剣を取った。その男は無関係でありながら集落の人間達の尊厳を守らんと戦場を駆けた。結局、男は戦場で果ててしまったのだが、彼のおかげで多くの人間の尊厳が守られ、また、前線での攪乱が功を奏し、差別を受けていた者達はそれぞれ生きていける場所へと散っていく事ができたという。

 ミツはその男の名を尋ねると、集落の人間はバグだと答えた。ミツはその名を口で三度唱えた後、弟子の一人にこう伝えた。


「バグという名を記してはなりません。彼は大変立派な人間です。しかし、だからこそ名を日向に置かない方がいい。偉大な人物は、後世で哀れな人の私利私欲によって汚されます。彼の大いなる死を守らんとするのも、我々の使命といえるでしょう」


 ミツのこの言葉は集落の人間にも大変感銘を与え、以降、一部地域においてバグの名は神聖なる言葉として伏せられる事になる。


 ミツのこの判断は概ね納得のいくものであるが、彼が事の真相に迫らなかったのは幸福かもしれない。なにせバグはフェース人を見限って島にやって来た人間であるし、更にいえば、第一次大戦の引き金を、偶発的かつ間接的にとはいえ引いてしまった張本人なのである。現在のフェース人差別やホルストの凋落を招いた人物と言っても過言ではない。もっとも、その行動により助かった命もあるし、ミツが聞いた話の様に救われた人間も実際にいたわけで、何より彼が決断しなかったら全員座して死を待つのみであったわけだから必ずしも罪があるというわけではないのだが。何かを知れば余計なものを背負わずにはいられないミツの性格と性質故に、知らないならその方がいいのである。知らぬが仏だ。




 また、ミツは話を聞く以外にも、弟子の内一人にその集落に定住してくれないかと願うのだった。それは無論、弟子にとっては簡単に承服できることではないが、ミツは彼らに対してこう諭すのである。


「この土地に残り、貴方が神の教を残してください」


 その言葉に、誰一人として反論する事はできなかった。

 彼らは神ではなくミツを信仰している。しかし、そのミツは、まったく穢れのない心で神を崇め、敬い、祈っているのだ。その意思を継ぐ事を拒むなど、ミツを最も敬愛する弟子達がどうしてできようか。弟子たちは例外なく別れに涙を流し、「またお会いしたく存じます」と再会の言葉を託して集落へと残り、そこに住まう人間達のために尽くして神の言葉を、信じるミツの言葉を語り残したのであった。

 こうしたユピトリウス教ではないユピトリウスの教の伝来に伴い、各地域では宗教に対する意識改革が起こっていく。それは集落から始まり村へと伝播し、村から町、町から都市。そしてとうとうホルスト、リャンバにまで広がりを見せるのであった。これまで信仰していたものとは異なる思想が不思議と受け入れられたのは、ミツの持つ資質ギフトのなせる業であったが、実は他にも大きな要因があったのだった。それは、この頃流行りだした伝染病に起因するものである。




 リャンバの首都。トゥーラ(いつの間にやらそう命名されていた)では、テーケーから国主の座を継いだキシトアが資料片手に部屋で頭を悩ませていた。


「また死んだか。こうバンバン死なれる景気が悪くなる一方だな」



 心底うんざりとしたように、キシトアは老衰で死んだモントレーの息子であるパイルスに愚痴を投げた。


 リャンバとその周辺の国や集落で蔓延しているケオスと呼ばれる伝染病は驚異的な感染率を有しており、また重篤となる可能性も高く人々を恐れさせていた。症状は咳、喉の痛に始まり、悪化すると狭心、呼吸困難、失明などを経て、ついには死に至る恐ろしいものであった。そのせいで賑わっていたリャンバは嘘のように静まり返ってしまっており、首都トゥーラも例に漏れず不気味な静寂に包まれている。


「死者ばかりが問題ではございません。病床に伏せる者も増える一方であり、それを看病する人間もまた然りでございます。このままで経済の停滞は勿論。公共機関を支える事もままならぬ事となるでしょう」



 パイルスが極めて端的かつ冷静に返事を述べると、キシトアから大きなため息が漏れた。



「悲観的な観測ばかりだ。お前といいモントレーと言い、どうしても俺を悩ませたいようだな」


「私も父も、事実を申し上げるだけでございます」


「……っ」


 キシトアは相槌代わりに舌打ちを返すと、まるで今思い出したかのように再び口を開く。


「そういえば、あの話はどうなった。疫病を治す奇跡とやらは」


「はい。進んでおります。どうやら、各地を放浪しているミツ・ナリと名乗る人物が関係しているようで」


「ミツ・ナリ……何者か知らんが、どうにかして足取りを掴みたいものだな。捜索を続けよ。発見した場合は、丁重に遇するように」


「かしこまりました」


 パイルスが部屋を出ると、キシトアは項垂れながら溜息を一つ落とす。それは奇跡と呼ばれる物に頼らねばならない自分を嘲笑するかのように、力なく、呆れているような吐息であった。

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