素晴らしき異星に祝福を7

 ミツが教会に帰ると彼の信奉者から質問の嵐に遭う。

 ミツを慕う者達は皆不安に駆られていた。自分たちが原因でミツが処罰されるのではないかと気が気でなかったのだ。



「落ち着いてください。何もありませんから」



 そう嗜めるも一向に話を聞かない彼らに対してミツは苦笑を浮かべるのが精一杯であり解放されるまで数時間を要した。中には聖堂に襲撃をかけると言い出す者もおり、それはさすがにまずいと止めたのであるが、ミツは存外、自身が慕われているというこの状況を悪く思っていなかった。


 力及ばぬ身であるが、こうまで良き人達に囲まれている私はなんと幸福だろうか。この世界はこうした素晴らしい事に満ち溢れているのだろう。それに気が付いていただければ、法王様や司教様方。それに、神の下にいる人類皆、分かり合う事ができるに違いない。


 この時ミツは心底でそう思っていた。皆、話せば分かる。不信の苦難など、夏の通り雨のように過ぎ去っていくだろうと楽観していた。差別や格差が如何に非道であるか、心を持って訴えればきっと皆分かってくれると信じて疑っていなかった。

 しかし人間とは善意や道徳ばかりで生きているのではない。そもそも、基本的に生きるという事は他の命を奪うという事であり、それ自体がユピトリウスの教義に反するものなのだ。その矛盾を解決するのが、あるいは、ヴェールに包むのが教義というものでる。端的にいえば、だいたいの道義は自己の満足を促す効果しか持ち得ない。従って、どれだけ悪辣な行為を働こうともそれを正しいと思い込めさえすれば善行と成り得るし、悪もまた然りなのである。それは極めて感情的な、盲目的な意識によって形成され、覆しようのない自我を根付かせる。故に、話せば分かるなどという言葉がまやかしにしか過ぎない。自らの存在意義に直結する問題提起に耳を傾ける人間などいったどれだけ存在するだろうか。それが如何に正当性と妥当性が高くても、己の否定を甘受できる者は少ないように思う。少なくとも、この異星においては稀なる存在である事は確かだ。


 程なくして、ホルストでは法王ヨハネから次のような御触れが出るのだが、それはまさに偽りの正義を促進する内容であり、ミツの幻想を打ち壊すのに十分な威力を秘めた魔人の一撃であった。






 親愛なるユピトリウスの兄弟。

 私はこの度、絶対なる創造主より神託を授かりました。

 主は私にこう言われたのです。「フェースの者や過ちを犯した者を、より正しく導け」と。


 正しき導きとはなんなのか。私は大いに悩みました。神の玉音を皆に伝える事が我が宿命でありますが、私など矮小な存在が、果たしてその任を全うするに相応しいのかと。

 しかしその逡巡も使命なせばこそ。正しき道には苦難が伴うものですから、堪え忍びながら進まなければなりません。信じる事こそが神の導きへ繋がる、まさに正道なのです。

 然るに、神はこう仰られたのでしょう。「信仰なきフェースの者。それを与する者。神を蔑ろにする者の罪を浄化せよ」と。

 我々はこれまで、神の代行者として不信の者、穢れた者に愛と慈悲を与えてきました。しかしまだ足りないのです。神は、全ての人々が正しき心で天を仰ぎ祈りをささげる事を望んでいるのです。

 心無いものに教を説くという事がどれほど難関であるか。敬虔たる兄弟においては、十分に経験している事でしょう。

 しかし兄弟達には心得ていただけると信じております。我ら正しき人間が、誤った者達をより多く救済し、等しく神の恩寵を授かれるようになる未来を。

 これも神の御導きなれば、進むのが我らの務め。恐れず、信じる道を往きましょう、光はその先にあるのですから。





 要約すると、今後、フェース人をはじめとした非ユピトリウス教徒やそれを庇い立てする人間を一層差別、迫害するようにという内容である。

 この御触れでヨハネは殊更『正しい』という言葉を強調した。民衆を拐かし扇動する際によく用いられる虚像である。

不当、不正、不実というものを、人は嫌う。誰しもに備わっている悪徳であり、多少の差はあれ例外なく持ち合わせている性質であるにも関わらず、人は正しくないものに嫌悪するものであるが、それだけならまだいい。問題は、他者の悪徳に極めて不寛容となってしまった場合である。

 悪ならば打倒しなければならない。いや、してもいいという思考が生まれると、人は暴力に正当性があると信じ、殺人すら厭わなくなっていく。大義名分が掲げられた粛清は彼らにとっての正義となり、当然の行いとなるのだ。即ち洗脳、扇動とはそういうものであり、絶対的な悪と正義を作り出す事によって行動を制限するものなのである。それが、不当に、不正に。不実に埋め込まれた思想であると知らずに、信仰に生き、死ぬのだ。ユピトリウス教徒においても例外ではない。



 ミツの地域においてヨハネの御触れの効果はそこまで高くはなかった。それどころ、反体制派、反権威派が集まっていたため半ば新興勢力となりつつあり、反発する者も珍しくなく、ヨハネの代わりとしてミツを新たな法王として擁立しようとする声まで出る程であった。




 だが、誰もが新たな波を望むものではないし、新たな時代を恐れないわけはない。ヨハネに懐疑的であっても一歩踏み切れない者や、神の声という神秘的な詐欺に怯える者。未だヨハネから脱却できない者も少なくはなかった。そして彼らは次第にこう考えるようになる。


 自分たちは間違っていた。ミツに騙され、正しき道から逸れるところであった。


 と。




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