素晴らしき異星に祝福を6

 バーツィットに参じたミツは息つく暇もなくヨハネとその周りを固める司教が待つ会議場へと連行されるような形で通された。



「よく来たね司祭。まぁ、掛けたまえ」


「はい。失礼いたします」



 ヨハネに促されるまま議会中央の椅子にミツが座ると、周囲を囲む一同からは冷笑、侮蔑、軽蔑、憤怒、憎悪に塗れた視線が向けられた。一つとして好意的な感情のない針のむしろに、ミツは一人孤立する。


「早速本題に入ろう。司祭。君がフェース人を匿い、寝食の世話をしているといのは事実かな?」


 ヨハネは何食わぬ顔して、穏やかな口調でそう語りかけるが、それは、如何に取り繕おうとも間違いなく尋問であった。


「いいえ。事実ではありません」


 即座に否定するミツに対して一同は驚き懐疑の目を向ける。まさかここに来て白を切る気かと呆れたのだろう。だが、彼はフェース人の擁護を否認したわけではなかった。


「世話をしているというより、共存していると言った方が正しいでしょう。私は彼らに助けられ、また、私も彼らを助けたいと考え動いております。双方が双方のために一致し、それぞれの足らぬところを補う事を世話とは言えないでしょう。私たちは共に生き、分かち合っているのです」


 その言葉を聞いた司教達は一斉に野次を飛ばす。

まるで本気で憤り声を上げているように見えるが実際はそういうものではなく、言うなれば、余興に組み込まれたお約束のようなもので、予め用意されていた儀礼なのである。

 彼らは前提として、ミツがフェース人との付き合いを認めるという認識でこの場に集まっているわけであり、大義名分を掲げミツを非難し、然るべき処断が下されるのを肴に愉悦に酔うつもりで座っているである。彼に対する轟々たる非難は合いの手のようなもので、実際のところは心底愉快に、待ってましたと言わんばかりに各々が憤怒のメッキを貼った歓喜を響かせているに過ぎないのである。

 また、ヨハネにおいてもそれを承知しているため、機を見計らって掌を見せ、黙するようサインを送るのだった。三者三葉の罵詈雑言が同じタイミングでピタリと止まる様子はコメディじみており、観客がいればシュールな笑いが起きたかもしれない。露悪的なものであるが。



「司祭。君はユピトリウス教徒でありながら、教義を犯しているというのかね」


「失礼ながら、私は自分の行いがユピトリウスの教義に反しているとは思っておりません。背いているのは聖書でございます」


「これは異な事を言う。聖書とは、教義が正しく書かれたものであろう。それを遵守しないというのはつまり、戒律を破っているという事ではないかね?」


「恐れながら、私は神に仕える身なれど、人に仕える気はございません。聖書というのは今日まで何度も書き換えられ、書き加えられ、或いはかき消せられて現在の形となりました。その過程において人の意思が介入しているのは明白であり、到底神の言葉を書き写したものとは言えないと、私は考えております」



「貴様! 我らがユピトリウス教と法王様を侮辱するか!」



 司教の一人が声を荒らげると、それに追従して皆が勝手を喚きミツの耳をつんざいた。この怒号は先に叫ばれた様式的なパフォーマンスではなく真に怒りが込められていたように思う。なぜならミツが述べた言葉は事実であり、聖書はテセウスの船のように何度も改稿され、オリジナルとは異なる内容となっていたからである。

 それは、彼の言う通り人の意思が介入している、極めて恣意的な、何者かの意図を孕んだ作為的なもので、神の教えというよりは(そもそも教えてなどいないのだが)支配するのに都合のいい言い訳が記しされたものとなっていた。支配せんとする側に対してそれを指摘すれば激怒するも当然である。


「まぁ司教。落ち着いてください。彼の考えは確かに突飛なものではありますが、新しくもあります。怒りよりも、まず共に考える事としましょう」


「……法王様が、そう仰られるのであれば」


 そんな中でもヨハネは冷静であり、紳士然とした姿勢を維持していた。

 ヨハネのこうした態度は彼の持つカリスマの資質ギフトと合わさって人を騙すのに随分と効果的であったが、ミツはヨハネの内に巣食う邪を直感的に見抜いており、場を治めたヨハネに対して感謝などを抱く事はなかった。



「ミツ司祭。君は、神学校では主席だったそうだね」


「はい。多くの事を学ばせていただきました」


「結構。人よりも多く学び視野が広くなると、従来の価値観や歴史が誤って見えるものだ。だがねミツ。真理とは、結局のところ根源に帰結する。それは分かるかな?」



「分かるような気がします」


「そうだろう。ミツ。君は優秀だから、きっと分かっているはずだ」


「……」


「君がいったように、確かに聖書は何度も書き直され、内容が変化している。しかしだ。それが誤っているとどうして言い切れる。何物かの意思や意図があったとしても、それが神の教ではないと何故分かるのか。それともミツ。君には、主の声がしかと聞こえるのかな?」


「……いいえ法王様。私如きが神の声など、恐れ多く……」


「そうだろう。君は聡明だが、まだ若い。今後は傲りなどを捨て、謙虚に生きなさい」


「……しかと心得いたします」


「よろしい。本日はそれだけです。私の言ったことを胸に刻み、今後も精進しなさい」


「……はい」


 ヨハネがミツに処罰を下さなかったのは、多くの人心を掌握している彼に対して警戒したためであると思われる。何の手立てもなく一方的に罰すれば自身に被害が及ぶかもしれぬと考えたのであろう。

 このヨハネの決断に対して司教達は遠回しに苦言を呈したが、最終的に口を噤むしかなかった。だが、それでも彼らが納得したのは、ヨハネが最後に、こう述べたからである。


「安心してください。全ては、思し召しのままとなりますから」

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