素晴らしき異星に祝福を5

 分け隔てのないミツの奉仕が多くの人々に好意的な目で見られていたのは彼の持つ資質ギフトのためでもあるが、やはり誠心誠意というか、人の持つ真心というのは伝わるもので、本人の人柄に依るところが最も大きな要因となっていたように思う(というより、個人的にそう思いたい)。

 だが、一方でミツの無差別な慈悲に対して反感を抱く者も少なくなく、中には憎悪を向ける者さえいた。ユピトリウス、というよりヨハネ派原理主義者であり、神を敬っているのかヨハネを称えているのか分からない連中である。神の恩寵は選ばれしホルストの人間が優先して受ける事ができるという主張を真に受けている哀れな人間が、こぞってミツを憎々しく非難していたのであった。「フェース人を対等に扱うなど神罰がくだる」「主の教に背く忌むべき行為である」などと本気で言っているのだから度し難い限りだ。俺は彼らに対して、それこそ本当の神罰を加える事ができなくもなかったが実行はしていない。何故かといえば、奴らはその罰の原因がミツにあると信じて疑わないだろうし、仮に俺が出張って話をしても、悪魔か何かと断じ聞く耳を持たないだろう事は明白だからである。よって、ミツには悪いがこれも試練だと詭弁を弄し、俺は現状を見守るだけに留めた。


 もっとも俺が動かなかったのはそれだけではない。前述したとおり、ミツには才能以上の人徳が備わっており、人の心に光を灯す事ができるのである。敵視する人間は確かに大勢いたが、同時に、彼を支持する者も相当数存在していたのだ。一人往く苦難の道は険しいばかりであるが、手を取り合う仲間がいればそれは得難い経験となるだろう。俺は人の力と心の繋がりを信じおり、あえてけんに徹していたという側面もあるにはある(この事をモイに言うと。「素晴らしい。友達のいないニートのセリフとは思えません」などと露骨な悪口を言ってきたので大変気分を悪くした。次第に遠慮がなくなってきているモイを見て、俺はまた、タコ時代に「ユーモアを交えろ」などと言った事を後悔していた)。


 この頃ミツはフェースの人間から建築技術や装飾品の加工を教わり、担当する地域の荒れた個所を自らの手で修繕していた。すると、いつしか周りの人間もフェース人に習い修復や修繕作業を手伝い始めるようになり、一年もしないうちに随分と立派で頑丈な建物や道路ができ上がったのだった。人々はそれを喜び、より一層仕事に精を出して福祉に貢献していった。フェース人への差別も少なくなり、真の意味での自由と個人の尊重が確立していったのである。

 そうなると噂を聞きつけ他地域からの移住者も集まりはじめ、ミツを支持する人間も増える一方だった。それは宗教とか神の教とかではなく、ミツ個人に対する尊敬の念が人々に伝播してった結果である。言い換えれば、彼は若い一司祭の身でありながら、信者ともいえる人間を大勢作り出してしまったのだ。


 そうなると面白くないのが一国民からなる有力な司祭、司教である。彼らはミツの話を聞くと一斉に悪態を着き、聞くに堪えない誹謗中傷を口々に発していたのだが、その流言飛語がヨハネの耳に届くまで、そう時間はかからなかった。





「なにやら、神の教を曲解して人々に伝えている司祭がいるらしいですな」


 ヨハネはユピトリウス教の幹部が集まる席でそう話を切り出した。


「誰か、ご存じないだろうか」


 司教たちはわざとらしく騒めく。集まった人間は皆、その話題に火をくべたくて仕方がないのだ。


「これはヨハネ様。よもやそのような者がユピトリウス教にいるとは、我々考え及びませぬ」


「ほぉ。では、私の思い違いか。どうも、フェース人に施しを与える司祭がいると聞いた気がするのだが……」


「それはなんと罪深い……そのような輩が我がユピトリウス教にいるのであれば、即刻追放しなければならないでしょう」


「うむ。事もあろうに神の教えを説くべく者が神に背くとは許しがたい背徳行為。除名の処分が妥当でしょう。そのような人間がいればの話ですが」


「そうですな。まぁ、神の言葉を軽んずる者など、ユピトリウス教にいるとは思えませぬ。法王様のお聞き違いでしょう」


 わざとらしい笑い声が響く。言わずもがなこれは茶番だ。彼らは人を騙し、搾取しているという自覚があるからか、こうしたうすら寒い様式を好む傾向にある。詐欺師達が一様に嘲笑し、余興の様に人を貶め愉悦する姿には反吐が出る。豚の祈りはいつだって、満足以上に腹を膨らませたいという一点に尽きるのである。




「恐れながら法王様。それにつきまして、私の方からお話が」


 声を上げたのはミツを管理する司教であった。


「私が預かっております司祭の一人、ミツ・ナリが先日フェースの人間と同じ席に座り、同じ食事を摂っていたとの報告がございました。彼は行き場を失ったフェース人を匿い、家を与え、自由を許していると記されております。また、これは確証のある話ではございませんが、司祭に賛同する人間を扇動し、よからぬ行いを企てているとの噂も……」


 席は再び騒めく。しかしこれは驚愕の騒ぎではなく、下種の狂騒である。


「司教。それは事実か」


「はい。どうやらそのようで、申し訳ございません」


 深々と頭を垂れる司教に対して、四方八方から辱める声が飛んだ。彼はミツの上役となってしまった人間であり、いわばババを引いたわけだが同情する気にはなれなかった。なぜならこの男は、若い女の信者に性的な関係を強要する最低の人間だからである。


「いや、司教の清さを私は知っている。罪を犯したのはそのミツという司祭であり、司教がそれを償う必要はない」


「ご慈悲を賜り、大変恐れ多く存じます」


「ですが、その司祭を私の前に連れてくる事をお願いしたい。如何ですか?」


「御意のままに……」



 ミツに招集がかかったのは三週間後の事であった。その間司教が何をしていたかといえば、根回しと外堀埋めと、不徳行為である。

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