素晴らしき異星に祝福を2

 ミツはその出自から母親であるズィーガクィンに疎まれ、二歳を迎える前に教会へ預けられる事となった。

 ズィーガクィンの旦那はホルストの治安維持部隊に務めており、部隊長としての立場からずっと帰っておらず、ようやく任を終えたのは着任から三年の月日が経った頃である。彼が妻の不貞もミツの事も知らずにいられたのは根が真面目でやや愚鈍なところがあったのと、周囲の人の情けのためであった。誰も好んで「お前の妻は淫奔なあばずれだ」とは告げたくはない。とはいえ、ユピトリウスの教義に反する行いから、ズィーガクィンはほぼ村八分状態であったが。


 

 ズィーガクィンに捨てられたミツであったが、その心に影が宿る事はなかった。

 聖書を読み聞かせられ、(薄っぺらで都合のいい)道徳と倫理を学んだミツは自らの境遇において「主が与えてくださったものである」と口にだして俺に感謝の意思を評し、過ごす日々が充実したものであると考えていた。だが、ミツが感謝していたのはきっと俺ではない。というのも、ミツの言葉に偽りはなく、確かに俺はこの異星において神や創造主に該当するのであるが、彼や彼らユピトリウスが信じる神や創造主という存在は誠の俺ではなく、想像の中で作られた、実に勝手な虚像なわけで、それは別段俺でなくともいいし、そもそも俺本人の事など知るはずもないわけである。つまり、ユピトリウス教の神というのは俺というより、俺の声を元に偶像なのだ。それ故にミツにおいても祈りを捧げているのはきっと俺にではないのである。しかし、思い描く存在は別にして、ミツは確かに、俺に向かって祈りを捧げていたのだ。その証拠に、ミツの声はいつだって俺の心にダイレクトに響いていた。これも星者などという難儀な宿星の下に生まれてしまった者の性質だろうか。俺は彼の望むような神でないない事に申し訳なく思った。


 で、そんな心理が伝わってしまったのか、ミツは既存の神の像を訝しむようになってしまった。慈悲と施しを謳い、万事万象の平等を提唱しているユピトリウスにおいて、どうして明確な格差や差別が生まれているのか。奴隷を酷使し、二位国民から搾取し、怠惰と怠慢ばかりが目に付く一位国民や司教、司祭、法王に対して、彼はまったく真っ当かつ真っ直ぐな疑問を抱くのであった。


「あの人達はどうして教義に従わないのだろう」



 ミツはその疑問を、よせばいいのに、馬鹿正直に育ての親である司祭に聞いた。



「司祭様。聖書には、差別は許されざる禁忌であると記載されているのに、どうして皆、フェースの人達を奴隷とし、生活に苦しんでいる方々からお金を取るのでしょうか」


「……」


 司祭は少し悩んでから、まったく偉そうに、実に思慮深そうに、これでもかというくらいに厳格を気どり、重々しく答えるのであった。


「ミツよ。彼らは罪を償っているのだ。人は生まれた時から罪を背負って生きている。その罪のみそぎのため、彼らは神から苦難を与えられたのだ」


「では、司祭様や法王様は、罪がないから、苦労をなされていないのですか?」


「滅多な事を言うものではない。法王様は大変なご苦労をなされているし、法王様とは比較にもならないが、私においても苦を背負っている。人は皆、それぞれに苦があり、悩み、生きているのだ。それを忘れてはいけない」


 もはや奴隷なしでは生活できぬようになっていたホルストでは、その正当性を保つために原罪という概念を生み出していた。それは所謂アダムとイヴとかリンゴとか知恵とかの話ではなく、単純に「人間とは罪深いもの」という根拠のない性悪説によって定義されたもので、理論も説得力もない、大義名分のためにだけに作られた空虚な設定であった。その説によると、フェースの人間は大陸の人間よりも罪が重く、その救済のために、ユピトリウスが奴隷として使役し、罪を浄化しているという理屈であった。二位国民については神の国であるホルストの血が薄いという理由で苦労が多いとの事である。馬鹿馬鹿しい話だ。


 まず、これに対してミツは不信を抱いた。


 いや、内心、多くのユピトリウス教徒達もおかしいと感じていたはずで、だからこそヨハネに対する反発が生まれたわけであるが、その不信をはっきりと声に出し、公に異議を唱えつというのは中々できる行為ではない。


「私は、多くの人が苦しんでいるのを見捨てるばかりでなく、自ら苦を与える教は間違っていると思います」


 ミツは司祭に対して、はっきりとした口調でそう言った。

 


「彼らは罪深い。しかし、普通であればその罪に気が付くことがなく一生を終える。その不幸を取り除くのが、我々の使命なのだ」


「では、我々の罪はいったい誰が払うのでしょう」


「無論。神である」


「……」


「お前もじきに分かる。それまで、大いに悩むがいい。今日はこれまでだ」


 司祭が切り上げ、話はここで終わった。だが、ミツの心にはそれから終始、疑念と不信感が渦巻く事となる。


「……」


 彼が黙ったのは、決して納得したからではない。話しても無駄だと、詭弁に対して正論を吐いても無駄だと悟ったからだ。


「果たして、神とは……」


 一人残され呟いたミツの言葉が、ズシリと響いた。

 その問いには、神である俺でも、答えられなかった。

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