素晴らしき異星に祝福を1

 リビリの滅亡後に始まった歴史抹消の動きは火急であり容赦がなかった。

 久蛇ジュウシャは破壊尽くされ、港も通りも家屋も畑も、ドゥマンにあった大国の痕跡はことごとく蹂躙されていき、住んでいた人間は例外なく殺され、女も犯されることなく処刑されていった。血の一滴も残さぬというエシファンの強い意志により、大破壊、大粛清が執り行われたのである。

 その中で唯一生き残ったエシファンへ遠征した兵たちは、コニコ、ドーガ、エシファンの合同軍の包囲網により全滅が確認された。この戦いによりエシファンはドーガとコニコに大きな貸しを作る事となったが、それでもなお歓喜の声が止まなかったのは、やはり、血脈と共に受け継がれた憎しみと恨みがまったく強力だったからであろう。しかし、一度復讐を達してしまえば、代を重ねるごとその力は失われ、残るのはコニコとドーガへの服従のみである。どれほど先の話かは知らないが、エシファンの民がその時どのような感情を持つのか、不本意ながら、少しばかり興味が湧いた。


 また、エシファンの復讐が成就されたのと同時期に、ドーガは新たな怨恨を生み出していた。

 ムカームはコニコとエシファンの港を足掛かりに大規模な航海師団を編成。東西南北の海を駆け、小国、途上国を軒並み植民地とし、現地に住まう人間と資源を搾取していった。ドーガの略奪強奪がどのような遺恨禍根を残すのか。これについては不謹慎で済まされるものではなく、また、ムカームの強行とそれを止められない俺自身の惰弱さにまったく腹が立つため、興味が湧くような余裕は生まれなかった。


 ともあれ大陸より遙か外海の悶着は一区切りがついたのだが、実はその大陸でも幾つかの問題が発生していたのであった。


 ユピトリウスの衰退がはじまり、労力はドーガに、市場はリャンバに依存していたホルストの国力は地に落ち、かつての栄華が嘘のように凋落していた。

 市街の修繕もままならず、見渡せば何処かしらが破損しているみすぼらしい光景。家屋の壁は剥がれ、屋根も覚束ない危うさ。当然治安も悪く、リャンバを追放された罪人や流れ者が居ついて真っ当ではない商いの巣窟となっている始末。善良なユピトリウスのほとんどは聖堂のあるバーツィットへ移住したが、ここではもとより暮らしていたバーツィット市民と一位国民に搾取され、貧しくひもじい生活を余儀なくされていた。

 こうなってくるとユピトリウスの最高権力者たるヨハネに非難が集まるのは当然の事である。一位国民だけならいざ知らず、バーツィット市民にさえも蔑まれる二位国民達の間では新たなる指導者を望む声が大きくなっていく。そんな中で、一人注目を浴びる人間がいた。彼の名はミツ・ナリ。未だ年端のいかぬ少年であったが、彼は確かに、法王となるに相応しい器を有していた。


 

 ミツが産声を上げたのは馬小屋の藁の上であった。彼の母であるズィーガクィンの不貞の末に誕生した命は、その存在を隠匿するため、馬糞と埃といななきに祝福され生み落とされた。


 ズィーガクィンは当初ミツを殺す予定であった。首をへし折り、布に包んで荷に紛れ込ますか、川に流すか、森へ埋めるか、いずれにせよ、子殺しの禁忌を犯そうと決意していた。

 しかし、生まれた子を一目見るとその思いは瞬きする間もなく揺らぎ、潰える。俺はあぁやはり母親とはそういうものだろうなと感慨深くそれを眺めていたのだが、どうやらこれも資質ギフトとやらのせいというのがモイの言葉により判明したのだった。では、それはいったい如何なるものか。聞かずにはいられなかった俺はモイに問うと、まったく頭痛が酷くなるような説明を受けたのである。


 ミツの持つ資質。それは、生まれながらにして神威を纏うという異星におけるメタ能力。生まれた瞬間エヴァンジェリストとなる宿命が課された存在。その名は星者。星の意思を感じ紡ぐ、唯一無二の存在である。


「これもユニーク個体といっていいですね。石田さんの善というか、偽善というか、ともかく星を思う気持ちから生まれた存在です。この資質を持つ個体は創造主、つまり石田さんの感情を受け行動するので、本来であれば今まで以上に星の管理がしやすくなるのですが……」


「……なんだ」


「優柔不断な石田さんの影響を受けてどんな存在になるか、正直予想がつきませんね。一応、基本アライメントはC-Gとなっており、人間社会で言うところの正しい指導者向きの傾向ではありますが……」


「うぅん……確かに、なんだか不安だ。意図せず介入してしまう可能性もあるわけだし、俺の気まぐれで悪落ちなんて事も……」


「石田さんの全部を反映するというわけでもなく、強く思う気持ちに呼応するというような形でありますし、行動はあくまで自身の意思により決定されますから、余程の事がない限り滅茶苦茶な事はしないとは思います。分かりやすく言えば、杖を突いた老婆を助けたいと思えば手を引くし、面倒くさいと思えば無視するし、カモだなと思えばぶん殴って身ぐるみ剥ぐみたいな選択を選びやすくなるという感じですね。当然、環境や状況によっても変化していきます」


「なるほど」


「まぁ、先ほども申しましたが石田さんのGな心理に基づいて作成されたキャラなので、基本的にはメシヤとして動き、また、時流もそういう方向になっていくと思います。その結果がどうなるかは分かりませんが」


「……様子見するしかないという事か」


「いざとなれば自決もさせられますので、そう気負わなくても大丈夫かと」


「……」


 それは間接的に俺に死ねといっているのかと聞こうと思ったが、返事が怖いのでやめた。


 

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