救命阿5

 結局のところ人というか生物というのは欺きあい、争いあい、傷つけあい、殺しあうのが本来の姿であり、モイが散々喚き散らす持論に準ずる行動を取るもので、それは生物学的な知見において競争という実に初歩的な現象として説明されるであろう。如何に知能知恵が発達したところで人間も所詮は生物であり、自らが持つ根本的な血に抗う事ができず、時に倫理や道徳といった後天的な平和主義など粉微塵にする台風のような衝動に駆られるのである。そして、生まれながらにその衝動を常とし、影のように付き添い生涯を共にする者が主導権を握るように世界はできているのかもしれない。


 ムカームは、まさにそうした仮説を裏付けるような個体であった。


 皇帝がオピウムの危険性に気が付いたのはリビリ滅亡の直前であった。

 それまで活気づいていた港や市場は破壊され、道にはゴミや糞尿が散らばり、あらゆる場所に破片、瓦礫、丸薬の燃えカスや吸引用の筒が落ち、そして、血肉と共に、生きているのか死んでいるのか分からない人間が横たわるのを見て、ようやく謀られた事を理解したのである。



 あれだけ賑わっていた久蛇ジュシャの通りは不気味に静まり、時折呻き声がどこかから届くばかりで、時たま通りかかる人間は皆逃げるようにして去っていく。栄華を極めた超大国の首都はゴーストタウンと化し、まったく酷く変わり果てた。そして、リビリの象徴たる皇居ミーバンミージにおいては、玉座に付く皇帝とその臣下がいるばかりで、かつての威光は霞み、風前の灯となった残光が力なく揺らめいているのであった。



「我が代でリビリを滅した事、悔いる限りである。これもひとえに余の傲りが招いた悲劇。諸兄らをはじめとした臣民には、詫びる言葉もない」


 皇帝の嘆きに臣下たちは例外なく涙しそれぞれの言葉で無念を語った。亡国となりつつある祖国に惜別を、その引き金を引いた怨敵への呪詛を、彼らは口々に吐き出すのである。そう、このような事態となった、ドーガとエシファンへの呪詛を、唱えずにはいられないのだ。


 始まりは、皇帝がドーガへの外遊から帰国した日である。






「陛下! 直ちにミーバンミージへ!」


 血相を変えて臣下が駆け寄ると同時に、市街から爆発音が響き、黒煙と朱炎が立ち上る。


「なんだ!? 何が起きた!?」


「何者かによりドゥマン各地が爆破されております! 危険ですので! 早くこちらへ!」



 促されるままに車に乗り込み、そのままミーバンミージへと帰宮した皇帝は開口一番に怒号を響かせ、事の成り行きを問うのであった。



「これはどういう事だ!? 余の居らぬ間に斯様な事態を起こすとは何たる卑劣! 誰ぞ賊の正体を知る者はおらぬのか!?」


「恐れながら、ただいま調査中でございます……」


「早急に手を打て! おのれ! 我が都を破壊するとは! 許しておけん! いいか! 手段は問わん! 必ず生きて狼藉者を余の前に連れてまいれ!」


「御意!」


 皇帝の勅命が下ると、犯人は直ぐに判明した。エシファンの人間である。


 彼らは爆弾を括り付け人込みや建物に突っ込み、そこで自身諸共発破するという同時多発的な自爆テロを仕掛けたのだった。その性質上、当初においては証拠も痕跡も残らぬため捜査は難航したが、市中に配備された兵により挙動不審な男を捉えたとの報告があり、地獄と表現するも生ぬるい尋問が開始されると、ととうとう口を割って事が露見した次第である。


 この事をエシファン領主に問いただすと、次のような文書が届いた。



 虚栄に彩られし都に座す愚昧なる者よ。

 我らはこれまで、王の真似事に興じる貴様を寛大な心で見逃してきたがそれもこれまでである。欲深く、恥も知らずに居直る愚か者をあるべき姿へ戻す時がきた。我らが統べる大地を汚した罪を償わなければならない。貴様らが築いた偽りの歴史は終幕を迎える。晩鐘の音を心して聞くがいい。

 

 皇帝はその文書を読み終えると烈火の如く怒り狂い、その日の内にエシファンへの出兵を命じたのであった。

 リビリの最大戦力を有するドゥマンの軍が動けば戦わずとも雌雄は明らかであったが、軍が動き内政が乱れるというその事態こそ、エシファンの狙いであった。彼らが起こしたテロルに合わせて、ドーガは一挙にオピウムの拡散を図ったのである。

 その計略は見事に成功し、市住は阿片中毒者だけとなり、内乱とテロルによって建物は粉砕され都は崩壊。皇帝はそこらに転がる中毒者を見ると全てを察し、激しく慟哭するのだった。一方でドーガは科学技術と技術者を抱きかかえており、ムカームにとってもはやリビリに利用価値はなくなっていた






 以上が事の顛末である。

 超大国であるリビリはこの先、歴史からも抹消され、記憶から永遠に忘れ去られる事となる。

 





「あぁ。無念だ」


 皇帝が呟く。まったく弱々しく儚い声で、憂う。

 同時に、滅びゆく国に建つ宮殿には油が撒かれ、一瞬の静寂の後、声が上がる。


诅咒ズージャオ


 一同は揃ってそう叫んだ。怨敵に呪いあれと、災いあれと。


诅咒ズージャオ


 一同は声の限りそう叫んだ。

 ミーバンミージに火がかけられる。灼熱の間に獄炎が唸り、一面を朱に染め上げ、すべてを灰に、無にしていく。


诅咒ズージャオ


 一同は炎の中でひたすら叫んだ。

 その声は身を焼き焦がしても決して枯れず、燃え盛る音、焼かれ朽ちる音、崩壊の絶鳴と共にリビリを包み、朝露と共に潰えていった。

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