救命阿4

 自国が転覆の危機にあるとも知らずリビリ皇帝は予定通りドーガへと入ったのであったが、その際、市民、役人、軍人共々例外なく度肝を抜かれ驚愕し目を見開くのであった。


「……」


「……」


「……」



 声も出ず皆が見上げるはリビリの超大型船、烧龙シャオロンである。

 城がそのまま動き出てきたかのような皇帝の船は例の如く灼熱チャイナレッド純金ピュアゴールドの装い。海に火炎が落ちたかのような幻想的かつ非現実的なビジョンはシャルルコッテが描く絵画に似て象徴的であり神秘に満ちていた。

 この超自然に抗うかのような人工物について抱くのは概ね驚嘆、畏怖、狂喜といった感想にカテゴライズされたものであったが、一部のトゥルーサーからは忌み嫌われ憎しみの視線が向けられていた。曰く、「度の過ぎた建造物は天地創造せし神の名を汚すに等しい行為」との事である。俺は別に気にしないし、つまらん事を言うものだなと思ったが、地球でもバベルの塔の逸話などもあるし、こういう人種は人類の功績を評価できないのだろう。さもしいと感じるが、いわゆる『神の領域』への侵入に忌避するというのは分からなくもない。俺も昔、ご神木に向かって小便を垂れる悪童を嫌悪していたし、似たようなものだろう。


 無論、如何に聖ユピトリウス教徒が多数を占めていてもそんな人間は一部であったし、特に何をするでもなく不満気に睨むばかりであった。ここで皇帝の暗殺など画策すればそれこそ先の内戦とは比べ物にならない大規模な戦争が勃発しただろうが、幸いにしてそうした事態は起こらず、シャオロンより上陸した皇帝には歓迎の声が送られた。サラエボのようにならずに済んだのは、ドーガの市民にとっては幸福であっただろう。


 


 

「華国から遥々のご足労、喜びの反面、恐れ多くもございます」


 港でシャオロンを迎えたのはムカームとワザッタである。他の護衛や副官が一歩下がって膝をついていたのは服従のサインでもある。ドーガはリビリと皇帝に対し対等な立場ではなく、あくまで下位に属していると誇示したのだ。



「久しいな二人とも。こうして、貴公らの国で貴公らと話せる事を余は嬉しく思うぞ」


「大変恐縮でございます。私といたしましても、我が国で皇帝陛下にご拝謁できましたのは生涯の誉でございます」


 その光景はドーガ市民を俄かに騒めかせた。あの強力な主導権を敷いているムカームがひれ伏して謙譲し、相手を尊ぶ言葉を吐いているのだ。これまでの独尊的な言動からは想像もできぬ姿にそれぞれが三者三様の困惑を抱いたのは無理からぬ事である。

 しかし、ムカームを正しく知る者はまた違った見方をするだろう。彼の徹底した現実主義と手段を厭わない姿勢に恐怖や尊敬の念を抱いたに違いない。自分が毒牙にかけようとしている国の元首に対してこうも友好的かつ下手に出られる人間がこの世界にどれだけいるものか。今でいうところのサイコパスと評されるかのような行動に、常人は追随する事も思考を覗く事もできない。ただ畏れ、彼の作った道を歩かされるばかりなのである。


 ところで、俺はムカームをサイコパスと評されるだろうと述べたが、決してサイコパスなどではない事を一応記しておく。

 奴は性格や思考が異常なのではない。野心と野望が異常なのである。

 ムカームは人の心を解し、哀れみや怒りに共感する事もできる。しかし、それらを徹底的に客観視する事で感情が要因となる行動を厳格に制限しているのである。これは何となしに奴の心理を読んで分かった事であり、端か見ていれば絶対に理解できないものであったろう。それほどまでにムカームは我を律し自らが定めた目標のために必要な行動を取っているのだ。正直奴のような人間を俺は好きになれないし、許されるのであれば殺してやりたいくらいなのだが、その鉄の意思と強靭な精神力だけは評価してもいいかなと思う。可能であれば、世のため人のために動いて欲しく、もしかしたら、環境が違えば別の道もあったのではないかとも妄想したが、たらればは無意味であり時間の浪費しか生まないので途中でやめた。



「それでは陛下。まずは御身を預からせていただく仮御所へご案内したく存じます。リビリとは違い狭く、勝手が効かぬと思われますが、どうぞご容赦いただきたく……」


「よい。確かに我が国とは比べるべくもないが。貴公の国も立派なものではないか。以前コニコを訪れた事があったが、まったく貧相でみすぼらしいところであった。それを鑑みると、遊楽においては十分すぎるほどの作り。新鮮な心持で実に愉快である」


「お褒め預かり、大変ありがたく存じます」



「うむ。では、しばらく世話になるぞ」


「は」


 その後、夜は皇帝をもてなす会食が開かれ、ドーガばかりではなく大陸の人間も出席し、それぞれの国の逸品や珍味などを持ち寄って満開の花が咲いた。殊、リャンバの酒は皇帝の口にあったようで是非ともリビリに欲しいとの事であったが、長期の保存法が確立できていないとして製造方法の伝授のみに留まった。

 酒に酔い、馳走で腹を満たし、賛美と礼賛を献上された皇帝は実に満足そうな表情を浮かべていたのだが、ムカームにおいてもそれは変わらなかった。罠にかける側とかけられる側という違いこそあったが……

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