救命阿2

 リビリにおけるオピウムの流通はごく自然に、かつ、最低限の数量で、輸出の管理は厳しく行われていた。このあたりが実際シビアなところであり、数が多すぎれば被害の蔓延前に事が露見するし、かといって少なすぎれば人間を堕落せしめる事ができず、もしかしたら阿片の危険性に気が付いてしまうかもしれないのである。急ぎ過ぎず遅すぎず。絶妙な速度と数量で蝕んでいかなければリビリの陥落は為し得ない。緻密かつ大胆に、計画は進んでいった。


 それに差し当たって、久蛇ジュシャにオピウムの使い方を広めておいたのも策略の一つである。

 リビリの中央街たる久蛇はアンダーグラウンドな一面も有しており、裏路地の奥深くでは日夜非合法な取引が闇の中で行われていた。ここにオピウムを流せば市場に出回る前に水面下から広がりはじめ、安定供給される頃には利用率は加速度的に広まっていくという寸法である。その実働部隊は、コニコに滞在していた聖ユピトリウス教徒であった。彼らはハイドジョイに同船していたジョージ司祭に命じられて久蛇のブラックマーケットに侵入し裏の販路を確立。アウトローや浮浪者は好んでこの異国の薬を嗜むようになっていったのだった。

 光と影、両方からの搦手は存外上手くいき、リビリ市民には極々自然にオピウムを手にするようになっていった。ここまでが第一段階である。


 実はリビリに輸出していたオピウムは、麻薬成分の少ない、言うなれば煙草のような効果を持つ趣向品でしかなかった。よって、軽微な依存症状は出るにしろ強烈な吸引欲求や禁断症状など見られず、使い方によっては掛け値なしに健康的な薬用製品として作用し、多くの人々が気にもせず愛飲していたのである。


 ここに、麻薬成分がふんだんに含まれる丸薬を卸すとどうなるか……それぞまさしく、第二段階である。


 ドーガは十分にオピウムの拡散を確認すると、ドーガは例の聖ユピトリウス教徒達を使って正真正銘の阿片を裏で捌かせた。しかも、経路はドーガからではなくコニコからのという事になっている。これは万が一出どころが明るみになった際、コニコへ責任転嫁できる保険であると共に、リビリにおけるオピウムの輸入数量を胡麻化すための工夫でもあった。

 上記したようにオピウムの数量は厳格に管理されている。それは輸入するドーガのみならず、リビリにおいてもそうであった(ムカームが何かと理由を付けてそうさせていた)。然るに、裏表関係なく、市場に出回っているオピウムがドーガから持ち込まれたものであると都合が悪いのである。そこで、裏で売られるオピウムについてはコニコの物資に紛れ込ませ、密輸という形で流通させていたのだった。そのためにわざわざコニコにオピウムを管理するマフィアまで結成させ、あくまで犯罪組織の手によって行われているよう偽装する徹底ぶりである。構成員はバーツィットからドーガに連れてこられた農奴達であり、およそ国籍などないような人間ばかり。これもまた悪意が感じられる。



 ドーガの荷は一度コニコを経由するため容易に欺く事ができる。また、センゲの代わりに付いた国主代行も見て見ぬふりをして特に口を出さなかった。これについて、ムカームは彼を評価し、副官とこんな会話を交わしていた。







「あの男、センゲとやらよりはるかに有能だな。自身が国主としてどう動くべきか心得ている」


「左様で」


「そうとも。奴は、我が国との関係はあくまで交易のみであるとし、それ以外は関知しないよう意図的に杜撰な管理をしているのだ。万が一責が及んでも知らぬ存ぜぬを決め込むつもりだろう。とんだ狸だよ」


「しかし、通常のオピウムがドーガではなくコニコから流出したものと知られればまずいのでは?」


「そうなったらこちらを売るだろな」


「なるほど。それでバーツィットの農奴を……」


「そうとも。もっとも、向こうもただでは納得せぬだろうから、何らかの対策を講じねばならないがな……とはいえ、それも下手を打てばの話だし、ある程度考えはまとまっている。どうとでもなるよ」


「いざとなれば、大陸のリャンバをぶつけ漁夫の利。という手も考えられますね」


「なんだ。貴様も存外悪い奴だな」


「……」



 二人の話はここで一端途切れたが、しばし後、ムカームは再び口を開くと、今度はセンゲを侮辱する言葉を吐く。



「それにしても、あのセンゲという奴はてんで話にならなかったな。まるで自分一人で国を切り盛りしているように話す。度量があればまだ見込みはあったが、あの陰険卑屈では、どうにもならん」


「過去に部下を粛清し、住民からはある程度の支持を得ていたようですが……」


「そんなもの糞の役にも立たんよ。市民などというものは大体が愚物だ。待っていれば誰かが助けてくれると思い込んでいるばかりか、何かあればすぐに不平不満を述べ、自らが正義と言わんばかりに糾弾し、罪人と見るや否や石を投げつける。奴らはそれが絶対的な善であると信じ、自分たちが何もせず幸福になれると錯覚している。もはや狂気の沙汰だ。そんな人間共の顔色など伺ってどうする。はっきりといえば、国というのはそこに住まう人間のためにあるのではない。支配者のために存在するのだ。そこをはき違え、小物めいた偽善で行動を起こした時点で、奴は終わっていたんだよ」


「仰る通りに思えます」








 ムカームの言葉は半分正しく、半分間違っていると思った。

 確かに市民の大半は愚かであり、弱者や罪人に向かって遠慮なく石を投げるような軽薄な意識を持っているように感じられる。しかし、だからこそ指導者が正しく導き、あるべき姿へと変えねばならないのではないか。国とはつもりそういうもので、正しく作られた規範を遵守し、人々がより良く、より正しく、より幸せに生きていけるために存在する社会的組織ではなかろうか。


 とはいえ、それが易々とできぬから、多くの人間が辛苦に喘いでいるのであるが……

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