救命阿1
ドーガが中心となって始まった三国間交易はすぐに始まりいずれの国も繁忙を迎えた。
港には商人が寄って集って船へと駆け、それぞれがそれぞれの荷を降ろしたり積んだりして金を回しているのだった。一見友好的な風に思えるが、リビリにはオピウム。即ち、阿片が輸入されている。現在は趣向品とされているが、悪夢のような作用に気づく時がいずれ来るだろう。その時、ドーガは、リビリは、そしてコニコは如何なる立場をとるのか。そして国家の思惑により犠牲となる民草は何を思うか。考えるだけで、胸が痛む。
胸が痛むといえばツネハである。コニコにおいて、唯一といっていいほど良心的かつ指導者適性のある人間が、あのような最期を遂げるとはまったく世の不条理を痛感せざるを得ない。いい奴ほど早く死ぬというのは本当であり、何ともふざけた摂理だ。世界は間違っていると憤るも、それが常と思えば心は寒く沈む。死も生も、悪も善も無常。万物の流転は何人にも覆す事はできない。それは如何に生命力に満ち溢れ、仁も徳も備えたツネハにおいても例外ではなかったという話だ。
さて、そのツネハ死後、ドーガとコニコ、リビリの国交が結ばれたわけであるが、実はその際に一悶着があった。場所は一堂に会した城の部屋である。本来、沙汰となっても誰かが腹を切ればその者が責を負ったとして以降は不問となり事を穏便に運ぶという暗黙の了解があったわけだが、この日、センゲはそれを無視し、一度結んだドーガとの交易を破棄すると述べたのだった。これを発端に、ドーガとコニコの関係は決定的なものとなる。
「それはいったいどういう事ですか? そこの男の死によって、問題は解決したでしょう」
平然とそう言ってのけるムカームに対してワザッタは少しばかり躊躇したが、やはり圧に屈し、言葉通り訳してセンゲに伝えた。
「解決? なにが解決か。ツネハに免じ貴様ら二人の命は勘弁してやる。だが、リビリとの交易に関しては別だ。それについて貴様らを許すつもりは一切ない。二枚舌で我が国を謀り、恥知らずにも無為不言を描いていたのだろうがそうはいかん。舐め過ぎだ。我の気が変わらぬうちに、早々この国からと出ていくのだな」
センゲからは決して退かないという意思が感じられる。強気な態度は生来の
「なるほど。もはや我々と語る舌はないと、そう言いたいのですか?」
「そうだ。分かったらさっさと去ね」
「本当に、それでいいんですか?」
「くどい!」
センゲの怒号にワザッタは泡肌を立てる、だが、ムカームは違う。彼は心底愉快そうに、まるで道化の芸を見るように口角を上げ、ついには吹き出し、大いに声を上げて笑い出すのだった。
「何がおかしい!? そんなに首を跳ねられたいか!?」
センゲは抜いたままの刀を振り上げた。上段右に刃を置くその姿は示現流の蜻蛉に酷似している。間合いに入れば有無を言わさぬ太刀筋から袈裟斬りでの両断を可能とする必殺の構えだ。遮蔽物少なく十分な空間が確保された部屋においてはその剣筋を阻む物はなく、一呼吸あれば容易に斬撃を浴びる事ができる。件の手打ち事件を知っているワザッタは青ざめ、大量の汗を流しながら抜けた腰のまま座り心音を大きく鳴らす。
しかしムカームにおいてはなおも嘲りを止めず、冷たく光る眼でセンゲを見るばかりであった。
「……」
センゲが一歩踏み出す。殺気を向けて、柄を握る。本気だ。本気でムカームを斬ろうとしているのだ。ツネハだけではなく、ムカームまで殺してどうリビリの皇帝に申し開くつもりだろうか。あまり刹那的な行動に内心神の特権で止めようかとも思ったが、ムカームが動いたため、その必要はなくなった。
「ほとほと馬鹿な奴だ! 俺を殺せばそれこそこの国は終わりだというのになぁ!」
センゲの足が止まる。ワザッタは訳していない。ムカームの、心底から侮蔑し、嘲笑したような声色が、彼に考える余地を与えたのだ。「こいつはどうしてこの土壇場に余裕でいられるのか」と、そう思ったに違いない。言い換えれば、臆病風に膨れたのである。
これが他の物ならば気にせず踏み込み斬っていただろう。しかしセンゲは、ムカームの持つ異様なオーラに圧せられ一歩を踏み出せなかった。少なくとも俺にはそう見えた。
「二等兵! 今から俺が言う事を全て訳せ! 一字一句誤らず、正確にな!」
「は、は!」
ムカームはそう言い聞かせると、嘲笑と軽蔑を含んだ声で大きく、センゲに向かい口を開く。
「いいかよく聞け! これから先リビリは俺が支配するが統治権は貴様にくれてやる! その代わり貴様は俺の傀儡となり俺に従え! そうなるしか貴様とこの国が助かる道がない!」
「なにを馬鹿な事を……気でも狂ったか」
ワザッタはセンゲの言葉を訳すも、ムカームは知らぬと言った風に気にも留めず話を続ける。
「貴様が拒絶するのであれば
「……」
「大体貴様は国主としての自覚があるのか!? 覚えているか自分がどれほど間抜けをほざいたか!? 独立を支持するはずだった? 随分と人任せな独立もあったものだ! 自分たちは何もせずただ助力を乞うだけで乞うて、事が通らねば許さぬか! 見上げた根性だ!」
「黙れ! 貴様に何が分かる! 古来より属国として泥を食むような思いをしてきた我が国の何が! 我の辛苦が!」
「弱者の卑屈など知りたくもない! 羨み憎むばかりで国を発展させようともせぬような人間の事などな! 」
「……おのれ!」
「俺を殺すか! いいだろう! やってみるといい! だが先にも述べた通り俺を殺せば貴様も死ぬしこの国も亡びる! その覚悟があるのであれば実行に移すがいい!」
「……」
「できまい! 貴様は結局なにもできぬのだ! 責を負う事もできず! かといって手放そうともせず! ただ国主の子として生まれたばかりに自我を肥大させ! 国を導こうとも救おうともしなかったのだ! 隣にリビリという大国がありながら学ばず得もせず遅れをとるばかりで! やった事といえば家臣を斬った事くらいとは! 笑わせてくれる!」
「……」
センゲは動けなかった。言葉すら出なかった。彼が今まで守ってきた、誇ってきたものが全て否定され、奪われ、立ち尽くすしかなかった。怒りと、それを抑える理性と、自己否定に震え、もはや正気ではおれず、立ったまま自室茫然となっていたところを家臣に介抱され、この件はようやく落着したのであった。
その後、センゲは精神を病み表舞台に立つ事はなく、政などは彼の代理として役職を得た者が取り仕切り、ドーガの寄港も当初の約定通り施行された。
こうしてドーガはコニコを経由しリビリと貿易を交わしていった。ツネハの死は秘匿されており、皇帝は何も知らない。
僅かな期間ではあるが、三国の友好関係は問題なく維持されていく。
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