あー🥺13

 ツネハの案内によりムカームとワザッタは中央に建つ、センゲが待ち構える城へと案内されたのであったがその道中、ワザッタがツネハにこんな事を聞いた。


「なぜ、ウタテに?」


 その問いにツネハは答える。


「そりゃあ、おんしらが来るのを待っとんたんじゃ。おんしが仕えとる男とやらも、一目見たかったしのぉ」


 ツネハはそう言ってムカームを見据えると、対するムカームも視線を合わせる。系統こそ違えどお互いに人を惹く魅力を持つ者同士、如何なるインプレッションを抱くのか。


「……異人よぉ」


 最初に目を切ったのはツネハであった。軽く嘆息を漏らし、ワザッタにそれとなく声をかける。


「あいつの行く道は覇道じゃ。呑まれんように気ぃつけぇよ」


「はぁ、それはいったいどのような……」


 ワザッタはツネハの表情を見上げ言葉を呑んだ。そこにあるのは、いつもの余裕を持った豪胆な顔ではなく、また、リビリ皇帝を前にした時のような領主としての顔でもない。意を決したような、言うなれば侍の顔である。今、彼の耳に入れていいのは風の音、歩く音、木々のざわめく音のみであり、人声は全て無粋なように感じられる。清々しくも重々しいその面持ちに宿るものが何であるか、この時はまだ計り知れず、ワザッタもまた訝しみながらも歩を進めるほか他なかったであろう。現に、ワザッタは城に到着するまで解せぬといった表情であった。








「着いたな。そんじゃま、センゲ殿に御拝謁するとするかのぉ」


 ツネハはそう言うと、門番に話を通して開門させ城に入りズンズンと場内を進んでいった。我が物顔で大きく歩幅を取るその様子はまるで自分が城主だというような威風堂々とした振る舞いであったが、それは彼の持って生まれた天性の豪放さ故に許された所作であり、他の者が同じ事をすればきっと咎められるだろう無礼な行いであった。ツネハとはそれだけ、デカイ男なのである。


「センゲ殿! ツネハとその連れ! 参上仕った!」


 轟雷のような声と同時に無遠慮に襖を開けると、そこにはセンゲが陰気な面を不機嫌に染めて座っていた。


「……大きな声を出すな鬱陶しい」


「そう言うな。ワシとセンゲ殿の仲じゃろう」


 ツネハはズカズカと進み、用意された座布団に勢いよく座る。


「……貴様らも座れ」


 ワザッタとムカームにセンゲはそう述べる。述べるというより、もはや命令であった。彼は異国の人間二人に対し、座せと命じたのだ。


「座れとの事です。大将」


「……」


 ワザッタはセンゲの言葉を翻訳し伝えるが、ムカームは無表情のまま見下ろしている。


「大将……」


 再度声をかけるワザッタ。しかし、返ってきたのは非情な言葉であった。


「うるさい黙れ」


「は! 失礼いたしました!」


 ムカームの冷たい一声にワザッタは怯え声が裏返った。猛獣の咆哮を浴びて驚く猫のようである。


「おい異人。そこな者は何と言っている。早く座らせい」


 苛ついた様子でセンゲが述べる。彼は未だ、従順なムカームの姿しか知らない。


「申し訳ございません。なんでも、立ったままがいいとの事で……」


 仕方なくワザッタがそう伝えると、センゲは瞬間的に顔を紅に染め叫んだ。


「ふざけるな! 我が座れと言ったら座らぬか!」


「も、申し訳ございません!」


 その怒号に何故かワザッタが誤り頭を垂れるも、ムカームは一向に立ち尽くし一同を見下げている。それに対してセンゲは遂に腰の物の鯉口を切り片膝を立てたが、しかし。


「まぁええやろう。立ったままでも話はできる。騒ぐ程の事でもあるまい」


「……」


 ツネハの一言によりセンゲは舌打ちをすると、鞘に納めて座り直し、しずとワザッタとムカームを見渡した。


「……今更聞くまでもないが、一応確認しておく。貴様ら、リビリと交易を結んだというのは誠か?」


 センゲの問いに、ムカームはワザッタ越しに答えを返す。


「事実ですが。何か問題でも?」


「いけしゃあしゃあと……我は、貴様らがコニコ独立を支持すると言うから寄港の許可をくれてやったのだ。それを、事もあろうにリビリと結託するとは、まさに蝙蝠が如き所業。到底許せることではない」


「それで? 如何なさるおつもりですか?」


「……本来であれば貴様ら諸共死罪とし首を晒してやるところだが、慈悲である。どちらかの首一つで手打ちとしてやる。さぁ、選べ」


 センゲが迫った二者択一にワザッタは不安そうに目配せをするが、ムカームの表情は変わらず、冷たい眼差しで眺めているだけである。この時ワザッタにしてみれば、よもや自分の首が差し出されるのではと疑心暗鬼にとらわれていたに違いない。二等兵と大将などという比較する余地もない命の選択肢。切られるのはいずれか、考えずとも分かる。


「あの……」


 不安そうにワザッタが声を発した時、キンと金属が滑ると、ほぼ同時に、ザ、ゴリ、と、肉を断つ音が聞こえた。そして、充満する血と臓腑の臭い。その主は誰か。


「センゲ殿よ。ここはわしの命で勘弁してくれい」


 ツネハである。ツネハが、腹を切ったのだ。


「……貴様なにを!」


「こいつらぁ皇帝のお気に入りじゃけぇ、殺しちゃならん。かといって、謀りの責も誰かが取らねばならん。そん役は、わしが引き受ける」


「馬鹿な! 貴様は関係ないだろう!」


「いんやある。元はといえば、そこな異人と皇帝を引き合わせたのはわしじゃ。言わば元凶。腹掻っ捌くに、十分な理由があろう……」


「それは皇帝が……」


「そんなもんは関係ない。それよか、早う介錯をば頼む。後生じゃぁ……」


「……」


 ツネハが笑いそう訴えると、しばしの間の後、センゲは抜刀し、首を跳ねた。


 豪傑無双の体躯からは鮮血の花が咲き、狭い部屋に深紅を彩る。


 美久ノ国領主、常羽 序は、自らの命が弧仁呼の礎となると信じ、その生涯を終えた。

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