あー🥺12

 ハイドジョイがコニコに到着すると港にはまた中央の面々が顔を並べていたが、その様子は先日とは違い険しく、殺伐とした面持ちであった。


「これは既に話が伝わっているな」


「いかがなさいますか?」


 甲板で眺めるムカームは愉快そうに口ずさみ、副官はいつもの顔で決断を伺う。


「いかがするもなにも、決まっていよう。話をせねばなるまい」


「は。移動用の船は既に既に発進準備完了しております」


「結構。では、例の二等兵を待たせておけ」


「既に待機中との事です」


「そうか。では、行くとしよう」


 ムカームは副官の敬礼に見送られ艦を降りコニコに上陸した。途端、にじり寄る中央の役人。見れば武装をしており、今からでも発砲、または斬りかかってきそうな気配。当然、ドーガ軍も戦闘態勢に入るが……


「攻撃はするな。向こうが仕掛けてきたら一度退く」


 戦闘不許可。その命令は兵達の動揺を誘う。

 自分たちが死ぬ分にはまだいいが、ムカームに万にひとつがあった場合は取り返しのつかぬ事態となる。如何に本人の指示とはいえ、素直に従うにはあまりに危険な内容。思わず部隊長が進言をする。


「でしたら将軍。ここはいったんハイドジョイにお戻りに……」


「馬鹿か貴様。それでは誰が相手と弁舌を構えるのだ」


「ならば、お守りを固めいただきたく……」


「無用だ。俺はこれからこの国の代表と話をするのだぞ。護衛で身を固めて相手が胸襟を開くものか」


 部隊長は顔色を青ざめたまま「了解しました」と引き下がる。上官が言うのだからこれ以上の問答は無意味であり、彼にはそれ以上を述べる権利がないのである。気の毒な事だ。


「二等兵。訳せ」


「は! 了解であります!」


 一方ワザッタがやけくその様に溌溂としていたのはムカームに対してまともな神経で付き合っていても仕方がないと開き直っていたからだろう。未だ不信感拭えずといったような様子であったが、そもそも本来の彼は疎にして野であり単な細胞で猪突に猛進する人物であるから、こうして気力に満ちている方がらしいのである。これまでの陰鬱とした状態の方が、むしろ異常だったのだ。


「既に聞き及んでいるだろうが我々はリビリと交易を結んだ! だがそれは貴様らの国にとっても益のあるである! それを一から説明してやってもいいが貴様らでは話にならん! センゲを呼べ!」


 これはムカームの言葉を一字一句誤らずに正しくワザッタが伝えたものである。形式上の敬意もせず、センゲへの敬称もなしというのはもはや言い逃れのできぬ不敬。この国の法に則れば即座に切り捨てられても文句の言えぬ所業である。


 だがそれはできない。


 リビリと国交を結んだ以上、如何に相手が不義理を働いたとしても伺いなく処断するのはまず不可能。しかし彼らにも面子というものがあり、なんらかの形でけじめをつけなければならないのである。つまり、港に雁首揃えて待ち構えていたのはそのためで、然るべき処置を受け入れさせるためである。

 そして矢面に上がるのがワザッタである。ドーガの寄港許可を取り付ける際に述べた言葉の責任を取らせる事で落とし前とするつもりなのだ。

 これについてはムカームも予想を立てていたに違いない。だからこそ、他国の軍勢が取り囲む中で平然と立っていられるのだ。確信がなければそんな真似をするような男ではない。



「貴様! 如何に他国の領主だからといえ無礼であろう!」


 とはいえ、もはや遠慮もなにもない物言いにさすがの役人も顔を赤くする。かくなる上は責任覚悟の無礼打ちをも厭わぬ心境となりかねない段階であったが、それでもなおムカームは不敵に、太々しく腕を組んで睨み、並び立つコニコの面々を一括するのであった。



「黙れ下郎! 貴様如きが口を開くな! もう一度言う! センゲを出せ!」


 その言葉をワザッタは訳していない。恐らく訳せなかったのだろう。彼はムカームの威圧感に当てられ、竦んでしまっていた。

 ムカームの胆力はワザッタばかりではなく、頭に血が上った連中に躊躇を覚えさせるほどの圧を持った、言うなれば神通力フォースのような威力を秘めていた。並の人間がその声を聞けば怖れ、恐れ、畏れ、神経が擦り切れるような精神的な苦痛を味わう事となるであろう。当の俺も、画面越しとはいえ肝が冷えた。現実にいたら絶対に会いたくない相手である。






「あぁ。これは支配者ドミネーター資質ギフトが開花してますね。多分、偉人として歴史に名を残しますよ。良くも悪くも」


 横からモイが茶の間でテレビでも観るようにそう言った。なるほど支配者か。確かに俺が一番嫌いな人種だ。それは嫌悪をもする。


「石田さん確か中学時代、横暴な教師に悩まされてましたね。その頃の事を思い出すんじゃないですか?」


「そうだな。ちょうど蘇っていたところだよ。忘れたいからその事には触れないでくれ」


「それは失礼しました。以後気を付けます」





 くだらないお喋りを止め視線をモニタに戻すと、特殊能力じみたムカームの一声によりコニコの連中はおろかドーガ軍でさえ腰が引けてしまっている。もはや戦闘はないと思っていいだろうが、なにやら情けなくも感じる。俺も他人の事は言えないが……




「おう、何をやっとんのじゃおどれら。早よ客を城にお連れせんかい」




 そんな状況において、一人、何食わぬ顔をして現れた人物がいた。


 大きくよく通る豪快な声に似つかわしく、武骨で男臭い、強靭な体躯と顔を持つ人物。それは。


「ツネハ様」


「よぉ異人。久しいのぉ」


 美久ノ国ミクノクニを治める常羽ツネハ ツネ。その人である。

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