あー🥺11
ムカームと皇帝の会談は無事終わり
一見滞りなく終始したように見えるが、外交の要となったワザッタにおいては憂慮が隠し切れず、浮かない顔をしている。リビリとコニコを欺いていると知っていながらムカームを止められなかった事を思い詰めているのだろう。
「どうした二等兵。浮かない顔だな」
それを見たムカームが、さぞ愉快といったようにそう聞いた。
「は。そうでありますでしょうか」
ワザッタは誤魔化そうととぼけて見せたが、そんなお茶を濁すような返答が通用する相手ではない。ムカームは更に詰め寄り、はっきりとした口調で言葉を続ける。
「そうだとも。何が不安か、或いは不満か言ってみろ」
「……」
ワザッタは答えに窮する。
彼の中には当然ムカームへの不信感が芽生えていただろう。ニコニとの約定を取り決めながらリビリと交易を結んだ事と、オピウム、即ち麻薬をリビリに輸入する事への道徳的嫌悪感が彼を苦渋せしめているに決まっている。だがそれを馬鹿正直に言う事はまかりならない。ムカームは上官であるばかりか実質的な国主である。それを前にして「お前の判断は間違っている」などと物を申すのはワザッタの領分を遙かに超えていた。かといって、「一抹の陰りもなどございません」などと述べればムカームの言葉を否定する事となり、これも礼を失する事となる。なにかしら、適当な理由を取ってつける必要があったが不器用な彼にはそれが中々思いつかず言い淀むである。
「……」
口を閉じたり開いた入りするも声が出ない。このまま黙ったままというのも無礼極まりなく、早急に何かしら答弁せねばならないのだが、打つ手は限られている。ワザッタには少々酷な事態である。
「当てて見せよう。コニコへの不義と、リビリにオピウムを流す事に罪悪感があるのだろう」
ムカームがそう切り出すと、ワザッタは小さく「はい」と頷いた。ムカームの慈悲により、ワザッタは自らの言葉を発することなく意図を伝える事ができた。
「くだらん感傷は捨てろ。我が国はますます発展し栄華を築き上げていかねばらないのだ。そのためにはあらゆる手段は正当化される。それが戦略であり、国政だ」
我が国と、ムカームはそう言った。
背信と裏切りと計略により簒奪したドーガを、彼はそう表現したのだ。
俺はこの時、ムカームへの嫌悪感をはっきりと意識した。こんな人間が望むように進む世界でいいのだろうか。罪のない人間が苦しみ、悩み、死んでいく中、冷酷無慈悲な為政者が笑みを浮かべるような現状を良しとしていいものだろうか。神である俺がなんらかの処置を、天罰をくだし、世に道徳と倫理がなんたるものか示さねばならぬのではないかと考えた。
だがしかし、そうした行為もムカームと同様の、他者を強制し自らの特権的立場を行使する忌避すべきものであると思い直す。そもそも絶対的な力でムカームを殺したとしても世界の根本は変わらないし、恒久的な平和を望むのであればそれこそ人間全員の意識に介入するという非人道的な手段を用いねばならないのである。それは確かに多くの人間にとって幸福な事ではあろうが、意のままに世界を支配する俺自身の姿を想像すると薄ら寒くなる。如何に不幸であろうとも、如何に苦難があろうとも、絶対者の意思一つでそれを変えるというのは果たして正しい事であろうかと、俺は疑問に思うのだ。
その事をモイに話すと、「やらない言い訳のために難しい事を考えるものですね」と皮肉と嫌味を含む罵倒が飛んできたのだが怒る気にはなれなかった。概ねその通りだからである。よくよく鑑みると俺はいつだってそうなのだ。そういう人間だからこそニートなどやっていたのだ。返す言葉もなく、反論のしようがない。俺は「確かにそうだ」と述べて差し出されたエナジードリンクを飲み、再び異星の様子を眺める事にした。
「それと、コニコにおける貴様への嫌疑は晴らしてやる。貴様にはまだ在中してもらう必要があるからな」
「は……あ、まだ帰郷はできぬ感じでございますか」
「なんだ。帰りたいのか?」
「いや、そんなつもりは……」
「ならばよい。まだまだやるってもらう事があるからな」
「光栄でございます」
「無事任務が完了したら昇進と特別給を約束してやる。せいぜい励め」
特別給はともかくとして、これだけ貢献してどれほどの地位に昇進させるというのか。一階級二階級ではまったく釣り合わないが、かといってあまり急速に位が上がるというのも組織的に問題がある。二等兵が左官なり将官なりとなってしまっては仮に戦時中であっても些か過ぎた処置として見られるだろう。本人にしてもそうだが、階級が下になる者の立場もあるわけで、その辺りのバランスはシビアに考えなければならなず、大変に面倒なのだ。
「……は」
それもあってか、ワザッタ諦観したような顔で返事を述べると会話はそれっきりとなり、ムカームは自室へと引っ込んでいった。
程なくしてコニコに到着するハイドジョイは無機質に風を受けて波に乗り進んでいく。その様子はどこか無慈悲で、また、もの悲しく映った
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