あー🥺10

 しかし、ワザッタの憂慮を尻目にムカームと皇帝は互いの器を競うが如く話を続ける。


「なるほど、貴公はまさに立身出世を遂げたのだな。大したものだ。このリビリにおいても、貴公に並び立つ人物はそうおらぬだろう」


「運がようございました。戦乱の世でなければ、私は単なる役人としてその生涯を終えたでしょう」


「役人か。出会ってまだ間もないが、貴公が内地で机に向かっているなど、想像もできんな」


「そうですな。私も同感です」


「そうであろう」


 余裕をもった笑い声を上げる二人。一見愉快に談笑しているように見えるがこれも腹の探り合いである。皇帝はムカームの底を見透かそうとあの手この手で誘導するが、当のムカームは一向に尻尾を掴ませず、のらりくらりと躱している。その果てにおいてどのような益があるのだろうか。一庶民で物を知らぬ俺からしたらまったく無駄な会話のように思えるが、責務を背負う人間にとっては必要なものなのであろう。なんとなくくだらないというか、俗な感じもするが、きっと気のせいである。


「陛下。そろそろ」


 そんな俺の退屈な念が通じたのか従者の一人が割って入った。しかしかれこれ一時間は謁見の間で話通しある。もう少し早く止めてもよかったのではないかと思わなくはない。


「おぉ。長話が過ぎてしまったな。失礼をしたムカーム公よ。貴公のために宴を用意した故、楽しむがよい」


 皇帝の言葉を聞き、またあのラグジュアリーハラスメントが始まるのかと俺は溜息を吐いた。自分が食べるわけでもないご馳走を見るのも退屈だし、それを楽しむ人間を見るのも憎しみが増す。今の俺に与えられるのはエナジードリンクと頭痛薬だけなのだ。どうしたって逆恨みを催すのは必然であろう。




とはいえスキップして結果だけ確認するというのもなんだか味気ない。この対談は間違いなく異星の歴史に残る場面。それを眺めず神を名乗れようか。いや名乗れない。俺は神として、成り行きを見守る責務と権利があるのだ。それを放棄するなどとんでもない。





 そして俺が下したその選択は間違っていなかった。

また、その時は存外早く、いや、早すぎるくらいにやってきた。




「陛下。その前にお話ししたい事がございます」


 ムカームの一言に場がざわつく。


「貴様! 無礼であるぞ! 陛下が終わりといっているのだ! それを……」


 咎める従者を制し、皇帝がムカームを見据える。



「なんだ。言ってみろ」


「恐れながら、我が国ドーガと御大国リビリとで、貿易を結びたいのです」


「貿易? 」


「左様にございます。実のところ、ドーガは現在安定してはおりますが、技術的にも文化的にも伸び悩んでいるのでございます。平和は結構な事ですが、発展のない国は必ず亡びるでしょう。そうならぬよう、誠勝手ながら是非とも皇帝陛下のお力添えをいただければと思う次第でございます」


 その言葉にワザッタはさぞかし肝を冷やしたであろう。なにせ彼は、リビリへプレッシャーを与えるためと宣り、センゲにドーガ艦船の寄港許可を即断させたのである。それを、リビリと交易を結んだなどと知られれば二枚舌と誹られるばかりか、姦計を企てたとして罪に問われ、何らかの処罰が、具体的にいうと死罪か拷問が下される事明白である。また、それだけで済めばいいのだが、恐らく、屋敷に仕える下女なども処される可能性が高いのである。義理堅いワザッタがそのような無体を許せるはずがない。ないが、彼も軍人という立場上ここで異を唱える事もできない。ワザッタの心境は俺などには計りかねる。彼にできる事といえば、皇帝が拒否の姿勢を取るのを祈るばかりである。が。


「面白い。よかろう。ドーガとの貿易を認めよう」


 ワザッタが翻訳したその言葉は実に流暢かつ正しいイントネーションにより彩られていた。動揺や困惑が脳の迷走を逆に堰き止め、インプットとアウトプットがシームレスに行われた結果、淀みも霞みも生じぬ声が出たのだと推測される。


「おぉ。なんとお礼を述べたものか。感謝の念に堪えません」


 そしてリビリの言葉もまた、等しく美しく発音された。正確にはコニコ訛りであるが、それでも一種の気品というか潔さの漂う、実に正しい音であった。


「では、早速我が国の特産物などをご覧いただきたく。迎えてくださった車両に幾らか積ませていただきましたので、そちらご覧いただければと」


「ふむ。見よう」


 異国の物品に興味を示した皇帝は静かに、だが熱心な瞳を輝かせながらムカームが持ち込んだ品の数々を持ってこさせた。その際、それなりの数量であったため皇帝は玉座から降り、ムカームと同じ目線で品を定めたのだが、当然、その行いは従者に咎められていた。


 しかしそんな事はどうでもよかった。

 俺は見た。そして、ワザッタも見てしまった。数多の品に紛れ込んでいる、あの物体を。



「おや? これはなんだ? 菓子か?」


 皇帝がそう言って手に取ったそれこそが……


「いえ、それは……」


 ワザッタの声が途絶える。それが如何なるものか伝えるべきか黙するべきか逡巡しているのだろう。だが、選択肢などない。一介の兵士である彼がどうして歴史の道標を示せるものか。ワザッタはキーパーソンではあるが流れを作り出せる人物ではないのだ。故に、流されるしかない。偉人と呼ばれる人物が巻き起こす、時の奔流に。


「……」


「……」



 ムカームの瞳が黙ってワザッタを捉えた。抗う事などできはしない。



「どうした?」


「……申し訳ございません。少し喉がつまってしまいました」


 ワザッタはそう述べると、途絶えた言葉を紡ぎ直す。


「……それは、オピウムと申しまして、薬草を固めたものでございます。滋養強壮。神経の弛緩効果がございます」



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