あー🥺9

 ワザッタが道中常に困惑した顔を見せていたのは司教の乱心に何か思うところがあったからであろう。名目上とはいえ、仮にも国の最高責任者たる者がどうしてあのような醜態を晒していたのか。そもそも、なぜこのような場に身を置いているのか。ハイドジョイは確かに最新鋭の軍艦であるが、この時代まだまだ安全性は途上である。一国の首脳が危険伴う航海などに同伴するなど考えられぬ事で、ワザッタが不信を抱いたとしてもおかしくはない。


 しかし単なる一兵卒に過ぎないワザッタが内情を探るなどできるわけもなく、また、ムカームから釘を刺されているためなお下手な言動は取れない。さすれば晴れない雲が心に張るのも致し方なく、彼の表情を硬く、暗くさせるのも仕方のないように思える。それは、リビリの水門を始めてみる者達が驚嘆の声を上げても変わる事がなく、終始不景気な面持ちのワザッタにおいては、彼が生来持っている図太い神経がか細くなっているような気さえした。



「ヨクキタネ。マッテタヨ。コニコカラノテガミヨンダヨ。コウテイガクルノタノシミニシテタネ」


 寄港して一同が船を降りると、いの一番に寄って礼する者が一人。ミーバンミージの遣いの者である。


「ようこそおいでいただきました。此度のご来訪につきましては、コニコからの書状を読んだ皇帝陛下がとても楽しみになされておりました。と、述べております」


「そうか。ご苦労と伝えろ」


「は。アー、デムカエカタジケナクソウロウ」


「イヤイヤ。コチラコソキテクレテサンキュ。ソレジャ、サッソクミーバンミージへイクネ。クルマノッテ。クルマ。ササ」


「向こうに車が用意されているそうです。早速、王居であるミーバンミージへと案内したいと」


「気の早い事だな。まぁよい。会ってやる。積みたい物があるから、どれだけ載せられるか聞け」


「積み荷? 何か献上品がおありですか?」


「……二等兵」


「は!」


「貴様が無駄な事に頭を使う必要はない。ただ命令だけを遵守しろ」


「は、は! 失礼いたしました!」


 ムカームの勧告に次はない。同じ過ちを二度したらもうアウトである。それを知っているワザッタは急いで遣いの者に車の積載量を確認すると、その返答を伝えて戦々恐々と車に乗り込み、再びミーバンミージへとやって来たのであった。





「ここが皇宮か。噂に違わぬ造りだな。道中の景色も見事であったし、道路の整備も行き届いている。貴様の報告通りというわけか」


「は、恐れ入ります……」



 ワザッタは畏まりつつ、ミーバンミージへと入りムカームと一緒に先導の後ろに続く。


「内装も素晴らしい。なぜこの様子を伝えなかった」


「え、あ、は、は! あ、あまりの見事さに、私の拙い文章力では表現しきれないと判断いたしました!」


「他の事は無駄に細かく記載してあるのにか?」


「し、正直余計な事を書きすぎたと反省しております!」


「……ま、いいがな」


 ムカームが鼻で笑いながら嫌味を言っている間に謁見の間についた。巨大な扉が開くと灼熱が如く赤い部屋の高見に皇帝が座しており、一同は膝を屈しこうべを垂れた。


「よく来た異人。余は貴様の再訪を心待ちにしておったぞ」


「は! 誠恐悦にございます!」


「そして、そちらが貴様の国の主であるムカームか?」


「は! その通りでございます。つきましては、私、不肖ワザッタが橋渡しとなりますれば、御玉音を大変僭越かつ恐縮ながらお伝えいたします」


「そうか。ではまず、遠路遥々ご苦労であったと伝えよ」


「御意」



 ここからまたワザッタが通訳として間に入るわけだが、例によってその様子は割愛する。



「恐縮でございます。私如きが比類なき大国リビリに召され、それを統べる皇帝陛下のお目にかかる栄誉に授かれるなど思ってもおりませんでした。誠恐れ多く、また、光栄の至りでございます」


「それは結構な事だ。しかし、随分と畏まる。国力こそ違うだろうが余と貴公は同じく国を束ねる者同士であり同等の位であろう。対等に物を申しても良いのだぞ?」


 これはブラフである。皇帝は対談を望んではいたが、ムカームがワザッタの話通りの人物であるかどうかを量っているのだ。ここで調子に乗って礼を失するようでは三流の男。強かさも狡猾さも思慮深さもない愚物であり、運だけでのし上がってきた人間と断定され早々に対談は打ち切られたであろうが、それを分からぬムカームではなかった。


「お戯れを。皇帝陛下と私とでは雲泥。いえ、比べる事も烏滸おこがましく存じます。私など一応国の代表のような立場にございますが、それは時流に運ばれたまたま漂着しただけのこと。一度の濁流で簡単に離れてしまう儚いものでございます。その点、重く長い歴史の上にある皇帝陛下におかれましては、天より与えられた格と、それだけに留まらない人徳知性がございます。それを弁えず対等に口を聞くなど、とてもとても……」


「なるほど。貴公は謙虚さ礼儀を備えているようだな。できておる」


「お褒めにあずかり恐縮にございます」


 コニコに続き、リビリでも始まった国主同士の対談は和やかに幕を開けた。だがワザッタの顔はどこか憂いを帯びている。その要因は言わずもがな。会話が弾んでいく反面、彼の顔は終始、陰る。

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