あー🥺7

 センゲは脇息きょうそくから肘をおろすと、センスをパタリと閉じてムカームに向き直った。


「なんだ。殊の外殊勝ではないか。下の者達からは、随分と横柄な態度であったと聞いているが?」


「それは誤解でございます。確かに私は、そこのワザッタには厳しく当たりました。しかしそれは我が部下であれば当然の事。別に労ってやってもよかったのですが、この者は依然、任の最中にありますれば、その責と命を忘れぬためにも、あえて叱咤した次第で」


「なるほど。まぁ分からんでもない。しかし、気になるのはこやつの任とやらだ。突然部下を、見ず知らずの国に置いていったい何が目的だ。本人に聞いても分からぬの一点張りでな。是非とも、我の許可もなく人一人押し付けた理由を伺いたい」


「簡単な事でございます。この者にはコニコの文化を知り、我が国の発展に寄与させようといたしました。技術水準におきましては我が祖国ドーガと肩を並べるものでございますが、それ故にどのような都市や社会が作られているのか研究すべきだと思い、無礼ながら、このような形を取らせていただきました」


「なるほど。では、なぜにそれを本人に伝えなかった」


「それはこの者が軍人だからでございます。軍人というのは功名心が高く、すぐに手柄を立てようとする。仮に私がコニコの様子を見て報せよなどと述べようものなら、不用意に触れてはならない部分まで覗くやもしれぬと、恐れながら思案したわけでございます。しかし、今にして思えば不躾もいいところ。改めて、ここで謝罪いたします」


 ムカームはその述べると、コニコの謝罪方式に則り深く頭を下げ誠意を見せた。作法についてはワザッタの寄越した書状に図解付きで掲載されていたので、それを覚えていたのだろう。


「……今更頭を下げられてもの。本来であれば二人まとめて切り捨ててやりたいくらいだが、まぁ良い。許してつかわす」


「ご慈悲を賜り、大変恐縮でございます」


「だが、ただではない。こちらの条件を呑めば放免としてやる」


「……私にできる事でよろしければ」


「……言わずとも分かっておろう。リビリの皇帝の前に出て、話をしてこい。それをもって落着とする」


「その程度の事であればお安い御用でございます。是非に」


「よかろう。それでは話はここまでとする。明日にでもリビリに向かうがよい」



 センゲは立ち上がり部屋を後にせんとムカームに背を向けた。しかし。



「お待ちくださいセンゲ様」



 ムカームが、センゲを呼び止める。



「……貴様、我が終いだと申しておるのに、それを聞けぬと申すか」



 空気が変わる、センゲからは殺気が満ちている。事あれば斬ると、声なくそういっているのだ。


  

「恐れながら一つ、お頼みしたい事がございます」


「なんだ。命だけでは足らぬと申すか」


「その通りでございます。今一つ。話を聞いていいただけませんでしょうか」


「……申してみよ。聞くだけ聞いてやる」


「ありがとうございます。お願いと申しますのは、港への寄港を許可していただきたいのです」


「寄港の許可?」


「左様でございます。我が国ドーガは現在、知見を広めるため海を渡り、未だ見ぬ未知なる国や土地を探しているのでございます。それに際し、一時身を寄せる場所を欲するところでございます。何卒、ご一考いただけますと」


「……考えておいてやる」



 センゲは興味なさそうにそう呟いた。が、ワザッタはそれを訳そうとはせず無言が流れ、両端に坐するに二人の支配者から冷たい圧のある視線を浴びて竦んでいる。



「センゲ様。恐れがら、今ご決断していただきたく」


 その圧の中、ようやっとといった様子でワザッタは震える唇でセンゲに進言を述べた。



「なんだ貴様は!? 無礼であろう!」



 センゲが激憤するのも無理はない。この会談は国主(正確にはムカームは違うのだが)同士が言葉を交わす席である。ワザッタは単なる通訳兼付き人扱いであり、発言権などあるわけがないのだ。それを弁えず口を挟んだどころか、決定に異を唱えるなど到底許される事ではない。通常なら死罪。恩赦があっても名誉のための自死が命じられるような事態。ワザッタとて、それは承知のはずである。


「申し訳ございません。しかしながらセンゲ様。この取り決めは早急に締結させておくのが最善でございます。これは何も私がドーガの人間だからではございません。ここでの決断がリビリの圏内から脱する布石となるからです」


「……」


 その言葉を聞きセンゲは黙った。リビリに対する反骨心と憎悪の心が、ワザッタの差し出口を容認してしまったのだ。

 ワもっとも、これがただの人間であれば間髪入れずに無礼打ちをしていただろう。実際にリビリを訪れ、しかも皇帝と話をしたワザッタの発言だからこそ、彼は聞くに値するかもしれないと打算的な心理が働いたに違いなかった。



「リビリがコニコを属国が如く見ているのは無論国力の差があるためでもございますが、コニコが孤立しているからでございます。要は、自分達しか影響を与える事ができないと、そう考えているのでございますが、そこに第三国が同盟か、あるいは友好を結べば、武力の行使が容易ではなくなると判断するでしょう。向こうは、負けるはないにしても損害は甚大なものとなると考え、迂闊には手を出せなくなります。さすれば、外交においてこれまでのようにご機嫌や様子を伺う事も少なくなり、コニコの立場を一層強固なものとすると私は考えます。そのためには、迅速なご決断と行動を見せねばなりませぬ。即断即決こそが相手側にこちらの意思を分からせる方法なのでございます」


「……」


「どうか、お聞き入れいただきたく……」


 ワザッタの言には一理あった。確かに、リビリには慢心ともいえる意識が多分に見て取れており、センゲもそれは認めているところである。彼以外でも、ツネハをはじめとする支配階級の人間は皆、リビリの選民思想を嫌というほど感じ、憎々しく思っているのだ。



「……いいだろう。その者に伝えよ。寄港を許す。必要な書類は後程渡すとな」


 それを思えば、センゲがワザッタの提言を受け入れるのは無理からぬ事であった。彼は常にコニコの独立を考えており、それが叶う可能性があるのであれば、例え甘言といえでも無視はできない。それ程までにリビリの影響は大きく、忌々しく思っているのである。


「は! 度重なる失礼にも関わらず私のような人間の話をお聞き入れいただき、誠ありがたく存じます!」


 ワザッタはそう述べるとムカームに目配せを走らせた。彼はこの時、先に下された”言った事をその通り実現させよ”という命を全うしたのだが、何が起こったか未だ理解していないムカームは、眉間に皺を寄せ押し黙ったままであった。

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