あー🥺6

 ワザッタの手配によりムカームとコニコ国主であるセンゲ・リョウセイ(川下量征)の会談の席が設けられたのは翌日の事である。

 本来であれば国主との謁見などそう簡単に行えるものではなく、早くて半年、真っ当に手続きすれば一年二年。センゲの気分次第では五年十年と待たねばならないものあったがしかし、事は国難といっても過言ではなく急を要するうえ、ワザッタが熱心に(あるいは必死に)訴えるものだから先延ばしにするというわけにもいかず、急遽、幾つかの公務が取り止めとなり実現したという次第であった。


 そんな会談の中、センゲはどうにも不機嫌というか、承服できぬという顔を作りむすりとしていた。目の前にムカームが座っているのにもかかわらず、自らは何も喋ろうとはせず、ただ黙って脇息きょうそくに肘をかけセンスをパタパタと開いたり閉じたりするばかりなのだ。この有事の沙汰においていったいどうして斯様な態度に出ているかといえば答えは至極簡単。他国の都合に合わせ右往左往するのが気に食わないのである。


 センゲは先代国主が流行り病で亡くなると、弱冠八歳の頃に家督を襲名しコニコの指導者となった。しかし若い頭首というものは往々にして政治利用の道具にされるものであり、彼もまた、摂政や権力者の傀儡よろしく意のまま気ままに手繰られる定めが当然に用意されていた。


 だが、そのお膳を、センゲは引っ繰り返す。


 それは彼が九になる頃。先代の死からようやく立ち直り、政治が落ち着いてきた時分に、家臣一同を集めこう宣言したのである。


「この一年で我が目は国敵を捉えた。獅子身中に救う害虫を退治し正さねばコニコは滅びる。よって、不逞不埒を働く狼藉物はこの川下量征がこの場で斬る」


 ざわつく一同。しかしセンゲだけは明鏡止水の心持で刀を抜き、大広間をしずと進むと、ある者の前で立ち止まって次の様に述べるのだった。


「汝、住民からの税を横領し私服を肥やす不届き者につき、成敗いたす」


「な、何を……」


 残す言葉もなく首が飛んだ。鮮血吹き出し、慌てる者、息を呑む者、感嘆する者、唸る者など、三者三様に面持ちを示す中、センゲはまた歩き、立ち止まる。


「汝、自らの保身のために罪なき小役人を貶め、挙句口封じに殺めた不届き者につき、成敗いたす」


 また首が飛ぶ。二人分の血を浴びたセンゲは更に歩き、また止まると、畏まっていた人間が「ひぃ」と飛び跳ね、腰を抜かして命乞をした。しかし。


「汝、不正の隠蔽を図り国益を損ねた不届き者につき、成敗いたす」


 今度は腹から一刀に両断され、臓腑の臭いが鼻をついた。その頃には心当たりのある者は阿鼻叫喚で慄き正気を失い、一刻も早く大広間から逃げ出そうとしたのだが、廊下に出るやいなや、控えていた御付き役に次々と斬られていくのだった。

 事が終わると死屍累々。この日手打ちにされた者の数はおよそ十三と、センゲの年齢よりも多い。


「よいか皆の者! 我は幼き身なれど護国の志は何人にも劣らぬ自負がある! 今後、つまらぬ狼藉や私心に任せ私服を肥やす事は断じて許さぬ! 一同、心して国政公務に励むべし! 以上!」


 センゲはそう言い残しその場を去った。この事件はウタテの市中を超え、コニコ一同に広がり彼を名君として国民に認識させるきっかけとなる。


 しかし、実際のところどうだろうか。


 不正を働く人間を断罪したといえば確かに聞こえはいいが、センゲの苛烈かつ残虐な手法はどちらかというと暴君のそれに近いのではないだろうか。後に調べてみると、それまでコニコは役人の権限が非常に強く、特権階級のような存在であったらしい。そのような環境においては劇薬として作用し、カタルシス的な効果も望めたかもしれない。

 だが、罪を犯したからといって画一的に切り殺していくというのは些か血生臭すぎるというか、常軌を逸した行動である。十三人もの人間を一度に失えば、ようやく安定してきた国政がまた傾くのは自明であり、現にコニコが平静を取り戻したのはここ数年のであった。真の名君であればうまく取りまとめ、然るべく順に裁いていったであろう。それこそが正道であり、一国を預かる人間の姿ではないか。

 故に、センゲは国主の器ではない。多感な時期に大いなる責務を背負わされ、度の過ぎた妄想を行動に移した狂人である。そうした陰に気づいたからこそ、リビリ皇帝は「陰気で根暗で醜悪」と評したのであろう。見る目のある人物からすれば彼はひねた子供に過ぎない。ムカームとの対談において取り繕いもせず、不機嫌な様相を露わにしているのがその証拠だ。ここは柔を良しとし、和を以て解決に当たるのが得策である。

 また、センゲは常々リビリの事も悪く言っており、皇帝と会う際も仏頂面を崩さない。要するに、気に食わないものを受け入れられないのである。自らが束ねる国が一番であり最も尊いものでなければ、腹の虫が収まらぬのだ。


 

 そのセンゲの性格を見抜いたのか、最初に声を発したのはムカームからであった。


 「恐れながらセンゲ殿。この度は斯様な機会をご用意していただき、誠、恐悦至極でございます」


「え?」


 思わずワザッタが動揺するが、ムカームが睨み、急いで訳して伝えた。それでもやはりセンゲは不機嫌な面を下げていたが驚きを隠しきれず、随所がピクリと動いた。


 以降、本格的に交渉の場となりワザッタが忙しくなるのだが、原則的に翻訳の場面は省略する。

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