あー🥺5

 ハイドジョイがコニコに寄港したのは予定通り翌日の事である。

 例によって錨を下ろして停泊させたドーガ軍はさらに一晩待ち、正午ほどになってようやく上陸を果たしたのであるが、前回とは打って違って、上物の装飾を身に着けた役人一同が立ち並びムカーム達を迎えたのであった。


「……どういう心境の変化だこれは」


 コニコの住民達の対応にムカームは眉間に皺を寄せ疑り深くその様子を伺っていると、列を割って前に出る人間が一人。見覚えのある顔は、他でもなくワザッタである。


「将軍! お待ちしておりました!」


 ワザッタは跪き、実に畏まって迎えるもムカームは意に介さずそれを見下す。


「この様子はなんだ」


「は。報告書にも記載いたしましたが、リビリ皇帝が是非ともムカーム将軍にお会いしたいと申されました結果、将軍はニコニにとって国賓の扱いとなりました。この国は半ばリビリの属国でございますから、皇帝が招く客人を粗末には扱えないという具合でございます」


「なるほど、気に入らんな」


「はぁ……鶴の一声で待遇が変わりましてさぞ不本意とは思いますが、ここては一つ、穏便に願いますれば……」


「気に入らんのは貴様だ。何を当然のように他国の連中と首を並べている。ドーガの兵であれば、いち早く前に出て我々を迎えるのが責務ではないのか」


「も、申し訳ございません……」


「それに皇帝だの国賓だのと、貴様はまるでこの国の人間のように物を言う。この数年のうちにすっかりと血が流れ落ち、この異人共の血肉が身に付いたのか?」


「め、滅相もございません」


 随分な言い草であるが、ムカームは別段ワザッタを憎んでいるわけでも、心底から罵倒しているわけではない。彼はワザッタの話を聞き、瞬時に自分がどのような立場となり、どうしたら効果的に立ち回れるかを計算してこうしたパフォーマンスを見せているのだ。


 コニコがドーガを客として遇するのであればそこに付け込み、徹底的に傍若無人を働いて言えば通る環境を作ろうとしているのである。イニシアティブを握り交渉を有利に進めんとするのは外交の基本にして鉄板。外してはならぬ定石。ムカームはここで、皇帝と繋がりがあり、唯一三国に跨って話を伝える事のできるワザッタを叱責する事により、コニコの役人から精神的優位性を保とうとしたのであった。


 そしてムカームの思惑は見事的中し、効果が遺憾なく発揮された。並ぶコニコの人間達は皆不安そうな顔をしてワザッタが責められている様子を眺めている。言葉が分からずとも、何が起きているかは想像できよう。中には不用意にぼそぼそと相談までする者も出る始末であり、これも言葉が理解できずとも、中身は察せられる類のものである。



「まぁいい。立ち話も飽きた。落ち着ける場所へ案内しろ」


「は! それでは、私の屋敷にご案内いたします」


「屋敷? 貴様、屋敷などに住んでいるのか?」


「あ、え? はぁ……まぁ……」


 ワザッタはリビリから帰国後、国の最重要人物としてウタテに招集され、中央の管理のもと不自由なく過ごしていた。それは彼が、彼のみが皇帝の望む者。即ち、ムカームを連れて来られるわけだから、粗末に扱えぬのは当然といえば当然ではあったが、その対応を知ったムカームは更に掌で転がせる確率が高くなったと内心ほくそ笑んでいたに違いなかった。自分がこの国にとってなくてはならない存在となったのであれば、如何なる無理も押せば通る。そう思っても差し支えはないだろう。


「随分と偉くなったものだな」


「も、申し訳ございません……」


 道中ムカームのいびりは続いたが、それは半分趣味であった。









「こ、こちらでございます」


「ほぉ……」


 ワザッタの屋鋪は存外大きく豪華なものであった。白塗りの壁は漆喰であり、屋根は金属瓦。高い塀に囲まれ中には庭まである。屋敷には召使が十名ほど滞在しており、三食も提供されていた。分かりやすく述べれば大名並みの待遇。明らかに逸脱したもてなしである。


「使命を忘れて優雅に暮らしているものだな。まったく羨ましい限りだ。あやかりたいものだよ」


「ご、ご冗談を……」


「冗談なものか。俺は心底から貴様が羨ましい。異国の地に降り立ち、所々で客人として丁寧に遇されているのだからな。我らなど敵に矢と砲弾と罵詈雑言の歓迎しか受けてこなかったというのに、いやはや大した奴だ」


「お、恐れながらさ、私も最善を尽くしまして……」


「そうだろうな。貴様はよくやったよ。その結果がこれだ。上手く立ち回れるものだ」


「……」


 屋敷についてからもムカームはずっとこんな調子なものだから、女中の一人が意味も分からず取り乱し涙を流して立ち尽くしまって、それを見てまたムカームが嫌味を並べ立て、立つ瀬がないといった様子でワザッタは終始項垂れるのであった。


「まぁ、貴様の事は置いておく、それより、そのリビリ皇帝とやらに会ってやってもいいのだが、いくらか条件があるからそれをこの国の人間に伝えたい。その際、貴様のやる事は分かっているな?」


「は、一字一句間違えず、正確に将軍の意を伝えたく……」


「違う」


「は?」


「俺が言った事を、その通り実現にさせるのが貴様の任だ。現状、軍人では貴様しかこの国の事情を知る者はいないからな。どんな手を使っても構わんから、俺の要望を通せ」


「……」


「返事は?」


「は、は! このワザッタ、命に代えましてもその責務、果たさせていただきます……」


 ワザッタの胃からキリキリと絞めあがっていく音が聞こえる。なんともはや、可哀想な事だ。

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