あー🥺2

 俺はこの時人類の過ちや愚劣さをきれいさっぱりと忘れてしまった。無骨な鉄骨や機器類が煙と共に動作し、ダクトやパイプが所狭しと駆けずる街並みを見て心トキめいたのだ。

 この排他的かつレトロフューチャー(異星の現代において最新鋭であるが)な世界こそ、俺が異星創造にあたり求めていたものではなかったかとすら思った。なんともはや素晴らしいちょっと不思議な世界観。鉄に歯車に煙に混沌。構築するすべてがオールドオタクの夢見た理想郷。これよこれ。これが見たかったのよ。


「いやぁモイ。素晴らしい国ではないかリビリとやらは。俺は気に行ったよ」


「それはよかった」


「うむ、よもや生きてウェアハウス川崎が如き都市を見る事ができるとは思わなかった。実にいい。いちSFファンとしてこれほど嬉しい事はない」


「SFファン? 石田さん、SFファンなんですか?」


「おうとも。好きだぞスペキュレイティブフィクション」


「しかし、履修歴によると、石田さんは劇場版AKIRAと劇場版ガンダム三部作くらいしか視聴した形跡がないのですが……2001年宇宙の旅もブレードランナーもスタートレックもハイペリオンもメモリーズもクーロンズゲートも未視聴未読未遊戯ってそれ、SF好きと言えるのでしょうか」


「いいんだよ別に。世界観が好きなんだ。作品に詳しいわけじゃない」


「ニートなんだから観たり読んだり遊んだりすればよかったのでは」


「うるさいな。ニートも色々大変なんだよ。老後の心配したりとか」


「働いたらどうです?」


「……」


 正論は嫌いなのでモイを無視してワザッタのリビリ探索に目を戻す。

 よく見ると、ところどころ欠陥的な構造ややっつけの仕事などが目立ち、割と前時代的な構造をしていることが分かった。漫画やアニメと違い超技術の類はなく、すべてが相応に現実的である辺りを鑑みるといささか冷静となる。二足歩行のバイクも人型ロボットもないし、義肢や機械器官などを埋め込んだ人間も見られない。フィクションめいたマシンサイエンスはどうにも夢の話のようだ。剣や魔法の世界だったらシドでも出てきそうなものだが、生憎とファイナルファンタジーは期待できそうにない。



 しかしながらそれは知識のある俺だから抱く失望であり、これだけ機械の覆う都市を見た事のないワザッタが驚愕しないわけがなかった。未だ地球でいうところの中世の時が流れるドーガやホルストと比較すればその差は雲泥。リビリはいわゆる近代の様相となっており、間違いなくこの異星においての先進国であると断言できる(また他の国が生成されたらしらんが)。


「なん……これ……すご…え、なご……これな……えぇ……!」


 興奮のあまりブローカ野に支障をきたしたのかワザッタはひたすら理解不能な単語未満の声を発する。


「どうじゃ。凄かろう。ここはドゥマン中央街道。久蛇ジュシャじゃ。縦に延びた長い道は工業地帯から港まで続いておってのぉ。怪しげな機械やらなんやらが大勢あって飽きんのじゃ。騒がしいがの」


 嬉々として説明するツネハにワザッタは錯乱気味で問いをかける。


「ほ、他も、このような風なのでして?」


「いんや。ここが特別じゃ。なにせ工場地帯から公にできるものできないもの問わず流れ込んでくるもんだから、もはや収集が付かず皇帝陛下も放置しておられるくらいじゃからの。もっとも、半分趣味で黙認しとるようなもんだが」


「さ、さいですか……」


「気に入らんのなら場所を移すぞ? ドゥマンは広い。風光明媚も花鳥風月もなんでもある」


「いえ、気に入らぬなど滅相もない。こちら、大変結構な街並みにございまして、私感動しております」


「そうじゃろうそうじゃろう! ここはええ街じゃ! いつまでおっても飽きん!」


「あの、ツネハ様」


「なんじゃい」


「私などはどこで野垂れても一向に問題はないのですが、一都市の主ともあろう方がこうした所で過ごすというのは、その、示しがつかぬのでは?」


「なんじゃそんな事。案外形式を気にする奴じゃのう」


 ツネハは豪快に笑ったがこれには確かにワザッタの言に一理ある。曲がりなりにも支配者たる人間が埃と蒸気と煤と油に塗れた場所で寝食に着くなどあってはならぬ事であるし、呼び出した皇帝に対しても礼を失する行いとなる。また、何かあればそれこそ大事であり、迂闊軽率な行動は極力控えるのが務めともいえるのである。


 が、そんな事、ワザッタに言われるまでもなくツネハは自覚している。


「まぁ、おんしに言われんでもその辺りは弁えとる。この街道をまっすぐ港方面に進んでいけば国賓用の宮があって、本来であればそこまで車を出していただけるわけだが、わしゃこの街道が好きじゃでの。来るたんびに途中で降りとるんじゃ。今回も、その例に倣っただけの事よ」


「なるh……」


「おかげで護衛が少々面倒でございます」


 ワザッタが返事を言い終える前に聞こえた声は、いつの間にやら隣にいるツネハの従者から発せられたものであった。実は彼はずっとツネハに付いていたのであるが、道中の車では助手席に座っており会話にも参加できず、また、ミーバンミージでは宮殿の外で待機していたため、今までずっと存在感が薄く、影のように従っていたのである。


「いやぁ、すまんな」


 従者は大きく笑うツネハに呆れ顔を見せたが、すぐに「仕方ない」という無言で呟き帯同するのであった。とはいえ、辺りには皇帝の命により護衛がいるためそうそう事件などは起きるはずもなく、一同は無事宿までたどり着きその日を終えた。


 それから一週間。ワザッタはジュシャの市中をしらみつぶしに歩き回り、詳細にムカームへの書状に記した結果、追伸と注釈が無駄に多い怪文ができあがったのであった。この文書は後に、『ワザッタリビリ回顧怪奇文書録』として、後世の歴史家達を大いに失笑させるわけであるが、当の本人がそんな事を知る由もなく、ただ、無暗に街の様子を書き続けたのであった。

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