あー🥺1

 こうしてワザッタの異国道中記たる報がムカームに届けられたのだが彼の目が一際惹かれたのはリビリ市中の様子であった。


 ワザッタはミーバンミージを出る際、皇帝から次の様に仰せつかった。


「せっかく来たのだ。我が国の中心たるドゥマンを見物していくといい。寝食はツネハに尋ねろ」


 要は、観光してその様子をムカームに伝えろという事である。

 ワザッタの独演もあって皇帝は大いにドーガやホルストへの興味を持ったわけであるが、それが一方通行となると威信が霞む。故に、事前に国の事を聞かせ、ムカームに関心を持たせろと言っているのだ。


「本来であれば花紅柳緑、山紫水明、技術先進、超越大国たるリビリ全土を周遊し余すことなく堪能してもらいたいところだが、それだと十年はかかる。貴様とツネハが郷愁病になってもつまらんからな」


 冗談のように高い笑い声を上げる皇帝に対しては「ご厚意感謝の念に堪えません」としか述べる事ができず、ワザッタはへっへっへと媚び諂いの笑みを浮かべたのであった。


「では、せいぜい楽しむがよい」


「はは!」


 皇帝が広間を去ると、コニコ一同は速やかに門へと案内され、行きに乗ってきた車に詰め込まれて町に送られていくのであったが、それは決して悪意などがあるわけではない。本来、ミーバンミージは神聖不可侵なるリビリ皇帝の居宮。おいそれとよそ者を入れるなどまずあり得ない話であり、素性も定かでない異国の人間ともなれば尚更出入りなどできる場所ではないわけだから、用が済めば退場するのも当然の成り行きである。


 で、そこに招かれ、あまつさえ皇帝と言葉を交わし、持て成され、勅命まで受けたとなれば、これはもう大変な名誉な事であり、前代未聞の待遇を受けたわけであるわけで、当人においてもそれは重々と承知しているようではあったが、この先に待ち受ける受難を、具体的に言えばムカームへの説明と説得を考えると気が滅入らないわけがなく、ワザッタは一人車中で肩を落とし暗い顔をしているのであった。


 勿論、如何に偉大な人間とはいえ所詮他国の者。自ら頭を垂れて仕えたわけでもなし、わざわざと命を聞く義務も責務もない。しかし、だからといって反故にしてはツネハの顔に泥を塗るどころか、彼の命を以て事態の収束を図らせねばならない事態になりかねないのだ。そうなってくると、これまでワザッタに関わってきたコニコの人間すべてに何らかの悪影響が出るのはごく自然の話で、これを放っておくわけにはいかないのである。がさつでデリカシーがなく感性という機能が生まれつき欠損しているワザッタであったが情にだけは厚く、我が身可愛さに他人を売るというような冷血非道な手段を用いる事はできないのであった。


「浮かない顔をしちょるのぉ異人。車酔いかぁ?」


 無遠慮にそう声をかけるツネハ恐らく気を使っているのだろう。心の機微に聡くなければ大将などは務まらないのだ。


「面目ございません。これから忙しくなるなと、気を揉んでいた次第でございます」


「おんしは本当に小物か大物か分からんやっちゃのぉ。けんどまぁ、今は忘れてリビリの街を楽しまんかい。じきにドゥマンの市街じぇけぇ。酒も飯も街並みも、全部堪能しやーせ」


「そうできればいいんですが……あぁそういえば、皇帝陛下がリビリは広いというような事を仰っておりましたが、いったい如何ほどでございましょうか」


「ふんむ、わしも詳しくはしらんが、まぁでかいとだけ聞いとる」


「はぁ……」


 あまりに漠然とし過ぎた内容にワザッタは吐息のような相槌を打つばかりである。


「恐れながら……」


 そんな二人の会話を聞きかねたのか運転手が横から口を挟み、淡々とした口調でリビリについての語りを、車窓の風景に乗せて聞かせるのであった。






 要約。


 リビリは大きく分けて三つの地域に分かれている。

 まず一つは皇帝が直々に収めるドゥマン。海と山に囲まれた土地であるが市街は発展し、郊外には大規模な軍備施設、生産工場、農場も備えており、都市機能、軍事機能、農耕機能の揃った完全なる首都として国の中心を担っている。

 次にユーシィ。これは山を隔てた平地にある巨大な農業地帯である。かつて農奴を大量に投入し使役していたが、三代目リビリ代皇帝により身分の解放が認められ自由農場として繁栄。田畑の他、酪農の盛んに行われており、肉の品質はリビリ随一とされている。

 最後にエシファン。ここはかつて首都であり、そもそも国の名自体もエシファンであった。しかし、ドゥマンに住む初代皇帝が発起しこれを打倒。以降、国名をリビリと改め、現在までその歴史が続いている。


「エシファンの頃、この国は酷い有様だったそうです。海の向こうから敵が攻め込み、大陸内の治安も最悪。指導者をはじめとした華族……異人様の国で言うところの賢士は私服を肥やし、民を家畜の様に扱っていたと記されています。その暗黒の時代に生まれた光が初代リビリ皇帝なのです。リビリ皇帝は打ちひしがれる民のために立ち上がり、次々と領地を開放しながら規模を拡大させ、ついには大陸統一に至ったわけでございます」


「え? 海の向こうにまだ国があるんですか?」


「はい。今は国交を結び争いなどはしておりませんが、昔は随分と血を流していたようです」



 その言葉を聞き驚いたのはなにもワザッタだけではなかった。



「おいモイ。本当かこの話し」


「はい。どうやら、アバリバという国があるそうで。ここも大きいですね。今の軍事技術は、このアバリバとの戦争により培ってきたものでしょう。国交を結んだといってもいつまた戦争になるか分かりませんからね。怠らずに研究を行ってきた成果だと思います」


「……どうせ生成されるならもっと平和的な国をお願いしたいな」


「私に言われましても……それに、知的生物の歴史に平和なんて文字はありません。あるのは争いか、戦いか、戦争か、駆け引きです」


「……業が深い」



 なんだか疲れてしまった俺はモイが差し出した栄養ドリンクに口をつける気になれず黙ってモニタを眺めていた。過ぎ去っていく光景。日が沈んでいく景色。なにやら今の自分の気分と酷くシンクロしているようで憂鬱とした気分となる。もういっそ、神の怒りという名目で世界の破滅を招いてやろうかと自棄になっていたところであったが、ドゥマンの市街が目に飛び込んでくると、そんな考えは塵と消えてしまったのであった。


「うおぉ……」


「うおぉ……」



 計らずともワザッタとシンクロし感嘆の吐息が出た。そうせしめたのは、溢れる蒸気と熱い光線入り組む超機械都市。真っ赤なネオンに輝く龍とか福とか歓迎とかの文字に、むき出しのパイプから吹き上がる白い煙。まさしくそれはスチームパンク。押井守や大友克洋が愛してやまぬSFの世界観そのものが、そこに広がっていたのであった!

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