ハローガイジンサン8
宴の席では野菜果物肉魚汁物煮物炒め物甘味に至るまで趣向を凝らし贅を尽くした彩りが並べられた。それは食事というよりもはや儀式というか、神域の晩餐というような催しであり、人類が口に入れて果たしていいものかと戸惑うレベルで、殊、ワザッタのような粗野な人間がそれを前にすれば直視叶わぬ事明白であった。
「……」
「……!」
僅かの間失神していたワザッタはツネハの咳払いによる気つけでなんとか意識を取り戻したが現状に変化が訪れたわけではなく、広がる馳走を目にすれば、やはり目を回し混乱状態となるのであった。
「落ち着け異人。なにも特別な事をするわけじゃない。食って話してお終いじゃ。おんしがいつもやっとる事じゃろう」
「しかし、こんな食事は今まで見た事がなく……いったい、どう食べればよろしいのでしょうか……」
「普通に食えばえんじゃ」
「こ、心得ました……」
しどろもどろとするワザッタが意を決して料理を見渡すと再度気を失い、ツネハは咳払いの代わりにため息を一つ落とした。見込み違いとまではいかないが、幾らかの失望が現れたような風である。しかし考えてもみればワザッタがテンパるのも当然であろう。超大国のトップの前に突然突き出され身分不相応のもてなしなどを受けたとなれば大抵の人間は錯乱状態にもなるというもの。人より神経が太いワザッタであったがそれも常識の範囲内での事。常軌を逸した事象に相対しては為す術もない。
「おい……! 起きろ……!」
「……!」
ツネハがワザッタを起こすと同時に、皇帝が従者を連れて入室を果たした。この時、部屋にいる人間は例外なく席から離れ頭を下げねばならない。この一連の様式を聞かされていなかったワザッタは見様見真似でぎこちなく同じ動作を行い事なきを得たが、内心では「事前に伝えておけ」と大いに憤っている事であろう。それでも不満も口にできない立場に、俺は同情を禁じえなかった。
「どうだ異人よ。我が国の料理は」
「は、はい! 素晴らしき事この上なく! まるで宝石が如き品々の数々をいただくというのは誠矮小な我が身に余る光栄でございます!」
完全なる太鼓持ちのおべっか。人によってはこの手の賞賛は嫌悪、或いは軽蔑の対象と成り得、皇帝においてはその人柄からまさにそうした手合いの様にも思える。しかしそこはワザッタの為人。その行動、言動に裏表がない事は明らかであり、心の底から畏怖していると、誰がどのように見ても明らかとなる性格をしているのだ。悪気のない、完全なる恐怖と緊張を見せられると人は、特に位の高い人間は愉快になって大体の事は許せてしまうもの。さらに、狼狽している相手に対して怒り、罰を与えるのは器にヒビを入れる行為となるため、皇帝の威厳を損なう事となる。それ故、皇帝は笑って済まし、咎める事もなくワザッタに語るのであった。
「異人よ。そう緊張する事もなかろう。此度の宴は貴様のために用意したのだ。いわば主役である。然るに、ここの料理はすべて貴様のもの。遠慮も負い目もいらん。好きなように味わうがいい」
「お、恐れ入ります……」
この言葉にようやく平常心を回復したワザッタはお茶を一口含むと、喉の渇きから牛飲となり、給仕役に注がれる度に飲み干しまたもや失笑を買うのだった。ミーバンミージに入ってから常に滝のような汗を流し続けたのだから無理もない話であるが、それにしても飲みすぎであり、ついにはツネハが釈明をするはめとなった。
「皇帝陛下。この者、相当緊張しているようで、もう汗もかきっぱなしでございます。どうぞ、ご無礼をお許しください」
「よいよい。先も申したように、ここの食事はすべてその異人のもの。どうしようと余が口を挟む道理はない。水でも茶でも好きに飲むといい。ただ……」
「……」
ワザッタの手が止まり、口に含んでいたお茶が呑み込こまれると再び汗が噴き出し、体内に入れた水分がそのまま流れ出てしまっているかのように水浸し、いや、汗浸しとなった。皇帝の、「ただ……」から続く言葉が如何なるものか気が気でないのであろう。まるで生殺与奪の権を奪われたようである。
「そろそろ、異人のやってきた国について聞きたいのだが、よいかな?」
「そ、それは勿論でございます! つ、謹んで、お話しいたします……」
「そうかそうか……それは楽しみだな……」
「きょ、恐縮でございます……」
皇帝に促され、ワザッタはホルストとドーガに関する歴史や世情に関して話を聞かせた。
最初こそ言葉が詰まり今一つ盛り上がりの欠ける語りであったが、時が経つと次第に熱が入りはじめ、調子を取り戻したワザッタから彼特有の演説節が始まると、これが存外皇帝やツネハに受け、ますますと迫真の物語が進んでいく。
それはホルストの態勢や、バーツィット、リャンバとの関係性。ドーガとフェースの対戦から、内戦に至るまでの経緯。そこからドーガ独立までを回りくどく、大げさに、実に雄々しく表現されたもので、このワザッタのロマンの溢れる叙事詩が流れていくと、ついには皇帝の目にも興味以上の関心の光が宿り、感嘆の溜息すら落ちる次第であった。
「……と、いうわけで、我が古き祖国ホルストは日の出るが如く凋落の一途を辿り、我が新しき祖国ドーガは日輪の光を浴びておるわけでございます」
一端の区切りにて、ワザッタはようやく一息を入れる事ができた。冷汗は熱気を帯びて湯気が生じいるがそれを笑う者はいない、彼の失敗に口を押えて笑いを堪えていた従者においても、もはや圧倒され見る目が変わっているからである。
「なるほど……なるほどだ異人よ。面白い。素晴らしい。実に興味深い。貴様の話は誠に聞くに値するものである!」
平静だった皇帝が身を乗り出し、英雄譚を読んだ少年のように瞳を虹色に輝かせた。
「大変光栄でございます!」
この反応にワザッタは歓喜の声を上げた。先まで肝まで縮み上がっていた人間と思えぬほど血色が豊かとなっている辺り、余程手ごたえがあったのだろう。しかしそれもつかぬ間。皇帝が次に吐く言葉に、ワザッタは再び顔を青くさせるのであった。
「余は貴様が仕えるムカームとやらに会いたくなった! 是非我が国に招待したい故! 貴公に仲介を命ずる! よいな!」
「……は?」
思わぬ命令、事態に呆けた声が出る。しかし、皇帝は容赦しなかった。
「よいな!?」
「は、ははぁ……」
有無を言わさぬ圧力にワザッタは思わず跪き、肯定の返事を述べた。彼がムカームへの書状を記したのは、この後すぐの事である。
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