ハローガイジンサン7
連行されるような形でミーバンミージに足を踏み入れたワザッタは終始圧倒されてしまっており実に落ち着かない風であったので、気になってステータスを調べてみたところ心拍数が全力ダッシュ後と同程度の重鼓動を重ね全身の汗腺から休む事なく汗を出し続けているため脱水症状寸前であった。モニタ越しに見ているとドッキリ番組を視聴しているようで少しだけ愉快に思えたがさすがに可哀そうになったため、宮殿に仕える従者の一人に閃かせてワザッタに茶を与えさせたのだが、身体が震えているものだから半端ない勢いでバシャバシャと零し、挙句喉に入れると今度は器官に流し込んでしまって酷くむせ笑いものとなってしまうのだった。その醜態にはさしものツネハも多少不安そうな顔を見せたが、秒で「まぁ大丈夫だろう」と言わんばかりの楽天的な顔つきとなり、ワザッタの背中をバンバンと叩いて先に進ませた。そんなものだからワザッタは謁見の間までに並べられた恐ろしく豪華かつ貴重な逸品を含めた宮殿内の様子をまったく認識することができず、報告書に「凄かった」としか記述していなかったので、読んだムカームを大変呆れさせたのだが、当の本人はそれを知る由もない。
かくしてワザッタはとうとうリビリの皇帝の前に跪いたのであった。
一室とは思えぬ広大な造りは柱や壁、どれをとっても抜かりなく絢爛で、一面を覆う国色の朱は聖火のように映える。華麗にして壮大な光景は盛隆極めし国の中心部に相応しく、世界の中心を自負したとて役の不足はない程に煌めきを放っている。この栄華という概念が顕現したかのような一画は、ホルストなどとは比較もできぬような、圧倒的な、象徴的な空間であった。
その聖域の奥、玉座にて見下ろす者が一人。
その者は朱と黄金を身に着け威厳を纏っていた。
齢六十程度と推定されるが衰えなど微塵もなく、見る者を引き込み、見られた者を高揚させる神憑り的な魅力を放つその存在は、誰しもが自然と頭を垂れる後光が差している。
随一の国を束ね民から敬愛され畏怖される絶対的な存在。彼の者こそが朱に燃える国の支配者。皇帝宮。幻電神格王居。
「よく来たツネハ。余は貴様が来るのを心待ちにしておったぞ」
「は! 遅きの限り、誠に申し訳ございません!」
「よい。別に咎めているわけではないのだ。余と貴様の仲である。面を上げよ」
「恐れ入ります……」
畏まるツネハからは普段見せている尊大さや豪傑さが鳴りを潜めており、一介の家臣のように小さく丸まって膝をついている。しかしそれは決して彼が小物だからというわけではない、相対する存在が、リビリの皇帝の力が余りにも過剰なのである。
「リビリと貴様の国とは隣同士なのだ。普段から気兼ねなく訪ねてくればいいものを、妙に遠慮するものだから、余が呼ばねば顔も中々見れぬ。寂しい限りよ」
「それはとんだ失礼をいたしております。しかしながら、あまり皇帝陛下にお近づきますと、中央の連中が嫉妬を焼きますので……」
「あぁあの連中か……奴らは退屈で好かんな。どいつもこいつも陰気で根暗で醜悪だ。まったく、余がいつも言っているように、さっさと貴様が国主となればいいのだ。そうすれば、今少し褒美を増やしてやっても良いといいのに」
「身に余るお言葉でございます。私などのような小物に国などは過ぎた椅子。如何に小さきといえども、やはり然るべき力を持つ方にこそ相応しいでしょう」
「変わらず殊勝よな。その謙虚さは嫌いではないぞ? 最も、今その椅子に座っている人間が貴様を差し置いて王となるに相応しいとも思えぬがな」
「恐れながら、あれはあれで仕事は果たしております。人徳や魅力はございませんが、代わりが出るまでは国を持たすことくらいはできましょう。それまで、どうか長い目で見て、大国たるリビリのご慈悲を以て育てていただけると」
「……そうだな。考えておこう」
皇帝は満足そうに鼻で笑い、ツネハの額からは汗が一粒落ちた。一瞬緊張の緩和が訪れ、場の空気が少しだけ弛んだようである。が、それも束の間。皇帝の興味はとうとう、ツネハの傍らにて硬直し、大発汗の異様を披露しているワザッタに向かったのであった。
「で、そっちが噂の異人とやらか?」
「は、はは! そうです! 私が異人でございます!」
ワザッタは緊張のあまり普段出ないような奇妙な声色を喉から発し同席する者の失笑を買った。
「そう緊張するな。取って食おうというわけではない。ただ、貴様の国の話を聞きたいのだが、かまわぬか?」
「そ、それは勿論でございます! わ、我が国はホルストと申しまして……」
「まぁ待て。せっかくだ。宴の準備をさせてある故、その席で話してもらおうか。はるばる足を運んできたのだ。貴様には我が国の税を尽くした酒と料理を味わってもらいたい」
「そ、それはなんとも嬉しいおもてなしでございます! 是非にぃ!」
ワザッタが深々と頭を下げると、皇帝は大きく笑って「下がってよいぞ」と命を下し、使節団はひと時の休みを得た。
ツネハとワザッタは案内された客室に腰を下ろし、二人揃って安堵のため息を吐いたのであるが、すぐさま広間への移動を促され、辟易しきった顔を急いで作り替え進まぬ足で向うのであった。
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