ハローガイジンサン6

 助けを請う声も虚しく、結局蒸気自動車に乗せられて宮殿へと続く道を運ばれていくわけであったのだが、その自動車がまた見事なものであり、慣れてくるとだんだんと好奇の心がくすぐられたのか、ワザッタは興味深く内装を探るのであった。


「こいつは、蒸気で走っとるんですか。我が国にも同じ仕組みのものがありますが、乗心地が段違いでございますなぁ……いやはや、スムーズスムーズ……」


 ワザッタの言う通り、道が舗装されているとはいえこの技術レベルの車にしては随分と揺れのない走行をしている。どういうわけかモイに聞いてみると、どうやら自動車大国とかいう国家方針が発動しており車両技術にボーナスが付与されているのとの事であった(詳細を確認してみるとカンバンとか5Sとか書かれていて頭が痛くなったので俺はエナジードリンクで頭痛薬を飲み見るのを止めた)


「それよ。なんでも、サスペンションとかホイールとかが凄いらしいんだわ。まぁ、わしゃあ分からんがの」


 ツネハが豪快に笑うと流石の高性能車も少し揺れて運転手が怪訝な顔をしたのだが、そんな事を気にする暇もなく、ワザッタは注意深く車内を見物していった。その中で、最も彼の目を引いたのが運転席に設置された計器であった。ドーガやホルストで普及している自動車はせいぜいおざなりなガスのメーターが取り付けられているくらいなものであったが、このリビリの車にはその他にも速度計や方位計に始まり、傾斜計、外気温度計、湿度計、高度計など、あれば目にするもの以外にも必要ないだろうといった物まで、非常に多くの計測機器が備えられているのである。ワザッタはそのひとつひとつの詳細を運転手に聞いては、うんざりとした声の返答を受け(言語はコニコと共通である)、「ほぉ」と感嘆の吐息を漏らすのであった。


「おんしゃ、そんなに機械が好きか?」


 そんな様子を不思議に思ったのか、ツネハがそう尋ねる。


「いえ、そのようなわけではないのですが、やはり珍しいものは気になります。是非とも一台いただきたいくらいで……」


「一台、欲しいと?」


「はい。できればでいいのですが……」


 ワザッタのその図太く厚かましい答えにツネハは堪えきれず、また運転手の顔を顰めさせる笑いを響かせた。


「おんしは面白いやつじゃのう! 小心のようでいて肝が据わっとるのがいい! 気に入った! どうじゃ! ミクノクニの家臣にならんか!? おんしのような奴を異人にしとくにはもったいない!」


 一国の主から士官の誘いを受けるというのはただ事ではなかった。いうなれば、社長直々のヘッドハンティング。本宮ひろ志作品の世界である。しかも、これは俺も後に知ったのだが、ツネハはコニコ有数の大国である。総人口こそ他の地域と比較してそれほど抜きんでているわけではないのだが、リビリとの物理的、精神的距離が最も近いという事が最大の武器となっており、思想、学問、科学技術。あらゆるものが輸入され、多大に影響を受けた結果、産業や教育が圧倒的に発達した地域になったという。経済と政治の中心がウタテであるのであれば、技術産業の中心は間違いなくミクノクニであり、それをまとめるツネハの権力は正直中央に座る最高権力者。つまり、コニコの国主に匹敵するものであった。

 コニコにやってきて三年しか経過していないワザッタであったが、それを知らぬほど無学ではない。というかそもそも諜報員的な扱いなわけだから、知らなければお話にもならないのである。


 それを踏まえてなお、ワザッタはツネハに述べるのであった。


「申し訳ございませんが、故郷くにの母に叱られます故」


 その答えはツネハをますますと愉快にさせ、運転手の機嫌はますますと悪くなり、間に挟まれるワザッタは、ますますと車の様子を見学し、三者三葉の面持ちを浮かべたまま、ついには宮殿にたどり着いたのであった。






「ご到着でございます」


 運転手はそう述べると先んじて車外に降り、後部座席の扉をそっと開いた。


「おぉ……」


 ワザッタの吐息である。もう何度目かの嘆息であったが数えるのも馬鹿らしかったが、この時の艶めきが最も色濃く、また、感嘆せしめたものであろうと俺は思っている。


 車を降りて彼が拝み見たものは、天を衝き地を走る超巨大な、朱と金の彩りが煌めく超豪華な、多様な鉱石が交じり合ってできた超厚板な、ともかく、超凄まじい超越的な宮廷であった。


 皇帝宮。幻電神格王居。美阪美箏ミーバンミージ

 象徴的な、絶対的な宮殿は、そう呼ばれている。



「さぁ、こちらへ」


 半ば失神していたワザッタは運転手の声に我へと返り、改めて今自分が置かれている現状を再認識したようで、今更になって手の震えが止まらず、冷たい汗が滝のように流れ出て、挙句には、ほんの少しではあるが失禁までしでかす醜態を人知れず見せると、過呼吸気味にツネハに声をかけた。


「あ、あのぉ……ひゃ、ひゃっぱり、ぼきゅなんかが、ひゅ、皇帝しゃまと、お、おあいしゅ、しゅるなんてのは、しょの、おしょれおおいふぁと……」


 もはや何を言っているのか要領を得ない訴えであったため、ツネハ笑って背中を殴打して無理やりワザッタを直立させて宮殿へと入っていたのだった。あるいは、ツネハは何を言いたいのか理解していたのかもしれないが、いずれにせよ、もはや逃げ出せぬ運命であるのは確定していたため結果は変わらない。皇帝からは、逃げられないのである。

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