ハローガイジンサン5

 リビリはミクノクニから蒸気船で数時間の距離にあるとの話であった。


 ワザッタは道中でコニコとリビリの関係性をツネハより聞く。

 曰く、巨大な国であるリビリはコニコを属国と見做している節があり、何かと尊大な態度で物を申してくるという。

相手が自国の手中にあると認識しているが故に武力で支配する動きは見られないが、もし攻め込まれでもしたら、一年持つかどうかというくらいには絶望的な戦力差があるとの事であった。


「正直って癪に障るがの。相手が悪い。こっちゃあご機嫌を伺ってなんぼよ。口惜しいったら!」


 ツネハはさも忌々し気に、口惜し気に、苛立たし気にそう口にすると、手にした酒を一気に空けて、相当量の酒気が含まれた呼気をワザッタに吹きかけた。


「そんなに凄いものでございますか?」


「凄いのなんのってお前、そりゃ凄いさ。おんしらが乗ってきたっちゅー鋼鉄船がどんだけのもんかわしゃ知らんがの。多分、それより一個か二個上じゃないかと睨んどるよ」


「恐れながら、その根拠などございましたらお聞かせ願いたく……」


「そんなもん勘じゃ! 勘!」


 用意された酒を再び一口で飲み干し大口を開けて笑うツネハの言葉はにわかに信じ難いものであり、話半分でもまだ足りぬくらいには度の過ぎた冗談、或いは妄言かと思われた。端から見ている俺は勿論の事、間近で酒臭にまみれているワザッタでさえ愛想笑いに苦労するような内容である。ドーガやホルストの最新艦を凌ぐ技術が今の異星にあるなど、誰が聞いても誠だとは考えられないだろう。


「それは是非ともお目にかかりたいものでございます」


煽り気味なおべっかを吐き出し、ワザッタは酌まれた酒を一口飲んで調子を合わせた。彼はまだこの時、ドーガが、あるいはホルストが、世界の頂点であり中心であると疑っていなかっただろうし、俺は間違いなくそう確信していた。まさしく井の中の蛙であるとも知らずに。



 



 

「……」


「なんじゃあ、こりゃあ……」


 ワザッタは一言を残し絶句した。目の前に広がる非現実的な光景に度肝を抜かれたのだろう。


「どうじゃあ。凄かろう。わしゃあこの光景を見るだけで戦う気が失せる。悔しいがの」


 豪胆豪傑を体現したかのようなツネハの口からそのような弱気が出るほど、その出で立ちは圧倒的であった。高く、厚く、大きく、朱色に染められた水門が海龍のように大きな口を開け、周りに浮かんでいる船を波ごと呑み込んでいくのである。


「凄い……こんなもんどうやって作ったんでしょう……」


「分からん。分からんが、わしらに作れんことは確かじゃ……どれ、入港するぞ。少し揺れるからの。掴まっとれ」


「あ、はい」


 ツネハとワザッタが乗った船が水門に向かって直進すると、確かに一瞬、大きく揺れて、その後は長い水路を自動で進んでいくのだった。これは排水と放水により疑似的に海流を作り出したものであり、入港と出航、それぞれに専用の水門が用意されているとツネハは語った。


「こ、こんな水門がもう一つ……」


「いんや、各地域に、あと八つほどこさえとるっちゅー話だ」


「……」


 ワザッタは言葉を失い深く座り込んでしまった。スケールと世界観の大きさに、身体を動かす事も恐ろしくなってしまったのだろう。


「どれ、出るぞ」


 ツネハの言葉から間を置かず、船は水路から運ばれリビリの港に到着したわけだが、そこから見渡すリビリの国の様子は、再びワザッタから言葉を奪うのに十分な作用をもたらした。大小さまざまな艦船が並び、幾重にも連なる巨大な船渠せんきょ。目に見えるところだけでも強力だと分かる武装の数々に、それを整備する軍兵達の屈強さ。数も質も、ドーガより一歩先を行くものであると断言できる武装兵力である。さらに特筆すべきは遙かにそびえる壮大な宮殿であろう。遠目から見ても分かる豪華絢爛さと堅牢さ。機能性と芸術性の両方を揃えた歴史的にも軍事的にも完璧なる建築物。これだけのものを作るのにどれだけの金と技術と時間と労力が必要なのか俺には見当もつかなかったし、ワザッタにしてもツネハにしても、理解の範疇を超えたものであっただろう。


「これがリビリじゃ。異人よ。おんし、これをどう見る」


「どう見る。と、言われましても……」


「おんしの国が戦ったとして、勝てるか? こいつらに?」


「負けはしないでしょう。しかし……」


 その言葉は、奇しくもムカームが後に発する見解と同じであった。



「なるほど。まぁ、五分か、それよりも一歩劣るかといったところかの。ええじゃろう。よく分かった。よし、行くぞ」


「え、な、なに? どこへ向かわれるんですか?」


「決まっとるじゃろう。皇帝陛下にお目通りするんじゃ」

 

「え? は? え? 皇帝? 陛下? あの、失礼ですが、それはいったい……」


「なんじゃ無知じゃのう。この国で一番偉い人間じゃあ」


「ちが! そじゃない! そじゃありません! いったいなぜ! 私がそのようなやんごとなき方と!」


「そりゃお前、向こうが一目異人を見たいと言うからじゃあ。なんでも、行商人からおんしの事を聞いたんだと。説明しとらんかったかの」


「聞いておりません! はつ、初耳です!」


「ほうか。しっかし、今知ったからええじゃろ。まぁ人助けと思って付き合ってくれ。なにせわしとミクノクニは……いや、コニコはこの国には逆らえんのじゃ。皇帝陛下からおんしを見せろと言われりゃあ従わん事にはしゃあない。諦めてくれ」


「そ、そんな……」


「ほれ、行くぞ。きびきび歩け。わざわざ車まで用意してくれとるんじゃ。待たせるわけにはいかん」


「あ、あ、あ……」


 異国の地にこだまするワザッタの悲鳴。しかし、いくら声を張り上げたとしても誰も助けてはくれない。そればかりか、指を指され笑い者となる始末である。あぁ哀れや哀れ。悲しきワザッタ。受難はまだまだ、始まったばかり……。

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