ハローガイジンサン4

 ムカームが再びコニコへ向けて船を出したのはワザッタの報告書を受けてから半年後の事であった。

 前回と同じく旗艦はハイドジョイであったが、一つ異なるのはその他多数の戦艦を引き連れているという事である。大砲、機銃、弾薬、爆薬は漏れなくフル装備。船員においても精鋭揃いの設え。その様相は戦争を起こすに相応しい禍々しさである。並の艦隊であれば瞬殺で轟沈。ドーガ以外の国の全兵力を以てしても抑えるのは難いだろう。この時代の海戦力としては間違いなく最高最上最強の戦力を伴う部隊であった。


 とはいえ、これだけで国を落とす事ができないのはムカームも承知している。一個艦隊で国盗りなど空想の話。海上を抑え上陸したとしても、補給に難があっては敗戦必死。ジリ貧で惨めな撤退を余儀なくされるのは日の目を見るより明らかである。

 では、なぜに左様な軍勢を引き連れているのかといえば、それは交渉の材料だからである。交要する威嚇。対話をより有利に進めるために、ムカームは即座に切れる強力なカードを用意したのだ。


 無論武力だけではない。そもそもの目的は内政操作による実効支配であるわけだから、当然、なびくための飴も渡す腹積もりである。

 まず軍艦。ムカームは、かつてドーガにしたように、戦艦ロングアイランドを貸与。もしくは譲渡してもいいと考えていた。


 この時ムカームはコニコの軍事力や技術をおおよそでしか図れなかったが、殊、海上戦力においては一歩二歩ドーガに劣ると確信めいた予想を立てていた。

 その根拠としては港の防衛力の貧弱さである。ドーガ軍が上陸したのは首都のすぐ側にある港であるわけだが、どういうわけかそこには軍艦はおろか攻撃艇の一隻も置いてなかったし、見張りの兵士の姿も見られなかった。本来であれば最優先で守備を固めるべき場所をどうして無防備にしているのかといえば、相手が海からの侵入を想定していないからに他ならない。それはコニコの住民の態度を見ても明白であり、異国の人間達が巨大な戦艦で上陸したのにも関わらず、恐怖も怒りもせず悠長に物見見物をしている辺り、外海から訪れる脅威を理解していないのではと睨んだのであった。

 このムカームの仮説は大体の正確さを持っていた。しかし、世の中というのは想定外のでき事がよく起こるものであり、また、それはタイミング悪く発生したり、報せが届いたりするものなのである。

 その理はムカームにおいても例に違わず、彼が移動中の船内において、相手を屈服させる算段がようやく整った時にやってきたのであった。



「将軍。ワザッタから報告が」


 副官が先行させていた連絡艇より預かった書類を見た際にムカームが顔を顰めたのは、そんな不条理を感じ取ったからなのか、はたまた、単にワザッタの冗長な報告書に目を通したくなかったからなのかは分かりかねるが、どちらにしても、彼の機嫌が頗る悪くなり、副官が理不尽な威圧を受け身震いしたのが気の毒であった。



「内容は?」


「それが、緊急かつ、将軍以外の閲覧を禁じるとの事で……」


「……見せてみろ」


「は、は!」


 不機嫌な声に急かされ副官が伝達書を渡すとムカームはそれを雑に受け取り雑にめくり雑に目を走らせていったのだが、しばらく読み進めていくと突然機械的に動かしていた指を止め、食い入るように書面を見つめるのであった。


「いかがいたしましたか?」


 異変を感じ取った副官がそう聞くと、ムカームは思案するように唸り、しばし間を開けてから口を開く。

 

「フィル大佐」


「は」


「今のドーガが全盛期のホルストと戦った場合、果たして我が軍は勝てると思うか?」


「……技術が同等であれば、負けはしないでしょう。しかし……」


「勝てもしない。か?」


「恐れながら……」


「まぁ、そうだろうな」


 ムカームが不愉快といった風に鼻を鳴らし卓に放り投げた伝達書には、以下の様に書かれていた。


『コニコよりさらに南東に新たな国有り。その国力、かつてのホルストに相当する』


 と。







 半年前。ムカームに報告書を出したワザッタは、南に下りミクノクニ(美久ノ国)に招かれていた。同国の主であるツネハ ツネ(常羽 序)が、一目異国の人間を見たいと、わざわざ中央に許可を取り、籠まで出して呼び寄せたのである。


「おぉ! おんしが異国から来たっちゅう奴か! 噂は聞いとるぞ!」


 ツネハは屈強な体格に似つかわしい豪快な人柄を見せつけてワザッタをもてなした。謁見の席で酒や鮮魚が出るのは国賓級、というより、息子娘に対しての扱いであり、物乞いのようなボロを着たワザッタには余りに過ぎた遇し方であった。


「それはどうもありがたく。いやしかし、美味い! 酒も魚も!」


 しかしそれを気にするワザッタではない。それか彼が未だにコニコの通例や慣習を把握しきれていなかったのもあるが、図太く図々しく大雑把でデリカシーの欠片もなない為人に寄るところが大きかった。だがツネハにはその方が返って印象が良かったようであり、まったく物怖じせず、大層美味そうに馳走を堪能するワザッタを気に入った様子であった。


「そうじゃろう! 美久ノ国は食の宝庫じゃからの! たんと食うがええぞ!」


「おぉ! では遠慮なく!」


 ツネハの言葉を真に受けたワザッタはミクノクニの家臣から白眼視されるのも気にせず、いや気づかず、さらに無遠慮に料理にがっつき酒を飲んだ。それを見てツネハは更に笑い、互いに杯を交わすまでに至ったのであるが、そこまでくると流石に黙って見ていた家臣が止めに入り、ようやく本題に入る事ができたのであった。



「異人よ。おんし、リビリっちゅー国を知っとるか?」


「リビリ? 生憎と……」


「ほうか! なら、いっぺん見物に行くか!」


「は?」


 突如の報告にワザッタは柄にもなく困惑したのだが、ツネハはその様子も可笑しく見えたようで、また大きな口を開けて、大きな声で笑い声を上げた。そこからワザッタが用意された船に乗って出向するまで、三十分もかからなかった。

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