ハローガイジンサン3

 ワザッタと宣教師が異国の地に住み始めて三年が経った。

 彼らは当初、浜に小屋を作って寝泊まりし、魚や野良犬や野良猫や野鳥などを狩って腹を満たしていたのだが、そのあまりの厳しいサバイバル生活を見かねた大工の棟梁が部屋に住まわせたばかりか、仕事まで与えて面倒の世話をしてやってどうにか国の一員として溶け込む事ができたのであった。


 ワザッタは暇な時間ができると何処かしらへとほっつき歩き、困っている人間への助力やら喧嘩の仲裁やら往来の掃除やら乞食への施しやらといった善意の押し売りをし、町人達に呆れられながらも信頼をされていった。そうした人々との交流の末に彼の言語能力はみるみると上達し、よやく、自らが放置されたこの異国のだいたいの事情を知る事ができたのである。その仔細については、ワザッタがムカームに宛てた特書。『異国の風の色』(本人命名)に詳細が記されている。




 異国の地に腰を据えて三年。私ことワザッタ。ようやくムカーム将軍にお伝えできる情報をまとめる事ができましてございます。

 思えば長く厳しい生活が続きました。たった三年といえども、言葉の通じない異国においては一から十までがまったくの未知怪々であり、右も左も分からないものだから直進するしかない有様。時に怒鳴られ、時に殴られるなど、人々の交流においては大変な難儀をいたしました。

 しかしながら私ワザッタはネバーギブアップとトライアンドエラーの精神で日夜努力を怠らず、結果、ついにこれまでの努力が実を結び、こうして書をしたためる事が叶いました次第でございます。これも偏にムカーム将軍への忠誠心と愛国心の賜物であり、忍び、堪える事への辛苦を使命感が圧倒したからに他ありません。然るに……



 中略



 私ことワザッタは思うわけでございます。ただ、愛国心というものは全てが手放しに称賛されるべき精神性であるとは言い難く、狂信の類は往々にして排除できぬ国害として尋常なるざる被害を生む事も事実でありましょう。それは我らの古き故郷、ホルストを見れば自明であると誰しもが合点するところであると断言いたします。旧体制が築き上げてきた異常な選民思想はもはや悪であり、これから先に訪れるであろう多様的価値観や国家間での交流における新時代においては……


 中略



 さて、話がそれておりましたが、本題に入らせていただきたく存じます。

 私がこの手紙を書いている国。言い換えれば、ムカーム将軍が手にしようとしているこの国は、名をコニコと申し、こちらの言語表記ですと『弧仁呼』と書かれます。

 コニコはかつてのホルストと同じく中央集権型の国家構想をしておりますがある程度の分権化もされており、各地方によって特色や風土が異なるようです。いってみれば、大きな国の中に小さな国が幾重にも犇めき合っていると申しましょうか、画一的な文化形態をもっておらず、どこも地域の特色が色濃くほとんど独立しているような状態であり、国家一丸という概念は薄いように思われます。

 とはいえやはり絶対的な権限は存在しております。それこそが、この度ムカーム将軍が降り立ち、私と宣教師に任を命じた地。ウタテでございます。こちらは得多手と表記いたします。

 ウタテは海岸部からほどなくの場所に大きな都市を形成しており、住民はそこを中央と呼んでおります。

中央は往々にして畏れられておりますが概ね良好な関係を築いており、そこで国営に働く役人は『お上』とか、『中央の役人』とかと称されております。酒場などでは税の徴収や応対の際の愚痴がよく聞こえますが、国家の運営については隙がなく、構築されたシステムやルールは見事なまでに人心を掌握し良性の統制が敷かれております。国民を縛りながらも不満を最小限に抑える政治手腕は他国ながら感嘆の吐息が漏れた程でございます。

 また、中央の街並みも随分と活気に溢れ、人々がよく働きます。町民も気風がよく、老若男女問わず険がありません。人情に厚く、誰に言われる事もなく自然に慈善活動なども行いながらそこに見返りを求めない道徳的な価値観も広まっております。それ故、聖ユピトリウスの布教状況は芳しくなく、宣教師達は嘆きながらも足しげく往来や公共の場に赴いては素通りしていく人々に神の教を説いているのが現状です。

 コニコの人間は妙に現実的なところがあり、神という存在を随分怪しげに捉えているように思えます。先日におきましても、とある宣教師が「神は偉大であり絶対の存在ございます。神を信じていれば救われます」との説教をしたところ、「その神様ってのが絶対なら、どうして最初から人間全員にそう教えないんだい?」などと反論され二の句を告げかねておりました。恐れながら、教養とユーモアは我が国の水準より高いものかと思われます。

 また、彼らは聖ユピトリウスの教そのものに対しては懐疑する目で見ており否定的ではありますが宣教師達に対しては親切で、寒い日に熱いスープを勧めたり、暑い日には笠や布を貸してやったりして気にかけております。そうした面を鑑みるに、コニコは頗る文化的、文明的な国家であると判断できます。支配よりも友好を築き、相互に進展していく方が益が多いように思えます。一兵卒の身ながらの進言、大変恐れ多くございますが、どうぞご一考いただけると幸いです。


 ドーガ海軍二等兵 ワザッタ・ローシン。




 ムカームはその報告書を直接読んではいないが、要約された文章を眉間に皺を寄せながら一読し、ワザッタに控えめな褒美を出す旨を部下に伝えた。また、その際「今後は必要部分だけ書いて寄越すよう言っておけ」とも述べている。


 

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