ハローガイジンサン2
その宣教師達を見かけたムカームは彼らに悪意を向けて話すのだった。
「ご立派なお志でございますね。さすが神のご意思を布教せんとする方々はお覚悟が違う」
それはムカームにとって皮肉半分、嫌味半分の無礼千万な態度であったが、宣教師たちはこれを大真面目に受け取り、誠にありがたいという風に深々と頭を下げ「恐縮でございます」と礼を述べた。彼らの殊勝な態度は教義に定められた、与えられた、言い方を変えれば、洗脳された事によりでき上がった、メッキ付けの後天的な慇懃なわけであるが、当人たちはそれを個人の徳により得たと思っている節があって大変滑稽であった。それもまた、洗脳から生じた増長より生まれたものではあるが。
宣教師のこうした態度にムカームはさぞかし辟易としていた事間違いないであろうが、表向きには聖ユピトリウスの一員、トゥルーサーであり、それを顔に出すわけにはいかなかった。
彼が内に抱えるストレスは想像するに容易く、共感するに難いものである。狂信者の相手をするなどそれだけで気が狂いそうだし、自らの野望のために狂人の
「ご司祭の方々。一つご提案が」
「なにか?」
「此度発見した国に、聖ユピトリウスの教を説く方法をたった今閃きました」
ムカームのその言葉に司祭、助祭は半信半疑であったが、全貌を聞き終えた頃には「おぉ」という感嘆の息を漏らし歓喜に打ち震えていた。
また、船の外では異国の住民が火を囲んで酒を飲み、やいのやいのと騒ぎ立てて割とお気楽な国民性を露呈していた。宣教師達との会話を終えたムカームがそれを見ると、酒と食料を兵に持たせ、「杯を交わしてこい」命じ自らは床に就いたのだが、両の眼はしっかりと開いており、暗く低い天井を覗き込みながら、不敵な笑みを見せるのであった。
翌日。ムカームは浜に上がり、初めて異国の中に降り立って辺りの風景を見渡した。彼の心情を図る事はできないが、虎や獅子のような、猛獣が如き威圧感を放っているのは理解できた。彼は狩る気なのだ。この島を、そこに住まう住民達を。
「オマエタチカ。ウミヲワタッテキタレンチュウトイウノハ」
昨日と同様、浜辺で列を作るドーガの一同に異国の言葉で話しかける人間がやって来たのだが、その出で立ちや気品から、昨日の人間より位が一つ二つ上の者だという事が察せられた。どうやら本格的に調査が執り行われるようである。
「おい。誰かあいつが何と言っているのか分かるか?」
ムカームは赤ら顔で棒立つ兵の一人に問うた。昨日、住民と酒を飲むよう命じた者である。
「は! 正確には分かりかねますが、我々がどこからやってきたのかを聞いているのかと」
「なるほど。次だ。お前、少しでもこの国の言葉を使えるようになったか?」
「は! 至らぬながら!
「よろしい。ではこう伝えろ。我々はお前たちと交流を持ちにきた。と」
「は! 了解であります!」
ワザッタと名乗った兵はムカームに敬礼を向けると、伸ばした背筋をそのままに異国の人間の方へと歩いていき、でかい口を開けて、でかい声を響かせた
「オレタチ! トモダチ! オマエタチ! ナカヨクシロ!」
波と風の音をかき消す圧倒的上から目線のフレンド宣言は異国の人間に苦笑、失笑、引きつり、呆れをの表情を促し、ドーガの人間には「さすがワザッタ」と驚嘆の声を上げさせた。。ムカームは言葉の意味こそ解していないが、場に流れた空気から何となくワザッタの言葉が礼を失したのだろうと見当をつけたようだった。
だがムカームは、そんな事はどうでもいいと考えていただろう。一先ずとしてワザッタが異国の人間の言葉を使えた事が確認できたのである。それは、彼の目論むこの国の支配のための第一歩であった。
「ナンダオマエハ。ブレイデアロウ。ヒカエヌカ」
「何と言っている?」
「は! 申し訳ございません! 分かりかねます」
「そうか」
ムカームはワザッタを下がらせ、自らが前に出て異国の人間の顔をまじまじと見つめると、言葉が分からぬのをいい事に次の様に言い放ったのであった。
「いいか貴様ら。この島は俺がもらってやる。そのために獅子身中の虫を置いていくから、せいぜい面倒を見ていろ」
「……」
ムカームの気迫と殺気に異国の人間の顔は青ざめ身体は硬くなっていた。人間としての格が、生物としての力が、明確に二人の立場を別ち、決定付けたのだ。どちらが上でどちらが下か、いずれが捕食者でいずれが獲物なのかという事を。
「ワザッタ」
「は!」
ムカームは宣戦を布告した異国の人間達に背を向け、ワザッタに命を下す。
「貴様は今日からこの地に留まり、異国の人間に仕えろ。困った事はなんでも助けてやれ。それから宣教師たちも置いていくから、そいつらの面倒も見るように」
「了解いたしました!」
部下に拒否権はない。ワザッタはムカームの命令に従い、二つ返事で大変面倒な仕事を引き受けざるを得なかった。取り残された異国の人間達は、その様子を不思議な、または恐ろしいものを見るような目をして眺めている。二国の運命が辿る道は、未だ不確かである。
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