ハローガイジンサン1

 新造艦ハイドジョイの指揮を執って海を渡ってムカームが上陸した島は自然に囲まれつつもよく整備された都市が築かれており高い文明が育まれている事が伺えた。


「我が国やホルストとは違った趣ではございますが、中々の国ですね」


 副官の言葉に対してムカームは返事をせず頷くだけに留める。恐らく、彼は思案しているのだろう。想定よりも高いレベルの国を如何にして落とすかと。


 ムカームは島発見の報告を受けた当初、住んでいる人間達の知能を低く見積もっていて、容易に搾取が可能であると想定した策略案を巡らせていた。彼自身は知らないが、それこそフェースに住んでいた原住民の様に無知で文化のない、猿に等しい生物が形ばかりの建築物を建てて野蛮な暮らしをしていると思い込んでいたのである。それが、蓋を開けてみると随分と高度な暮らしをしていた事が分かり、船を近づけ観察してみると、建ち並ぶ家々の完成度や、かなりの技術と時間を要するであろう城とみられる巨大建築物。港に浮かぶ船や傍らの小屋も見どころがあり、それらはムカームの心胆を寒からしめたのであった。

 これだけの都市を構成できる国とあらば、当然政治と軍事も発達していると考えていい。それを踏まえると、調略や武力による制圧も難しいと判断せざるを得ず、ムカームは白波の飛沫の中で、次に取るべく手段の絵図に筆を入れかねていたのだと俺は推測をした。


「いかがなさいましょう。上陸いたしますか?」


「……あぁ。そうだな。ひとまず、上陸してみよう」


 ここで初めて言葉を発したムカームは、続けて「戦闘できる準備だけしておけ」との命令を下した。現段階での争いは望むところではないが、万が一を考えれば丸腰で他国の陣地に踏み入れる事などできるはずがない。


「ハイドジョイ。入港」


「ハイドジョイ入港!」


 間もなくして船長の号令と部下の復唱とともにハイドジョイが入港をしていく。

 入港といっても、巨大戦艦を停泊させる設備が見当たらなかったため、錨を下ろして上陸船を浜に寄せる事となり、それなりの時間を要する事になったのであるが、そんな事をしていれば必然的に騒ぎが起こり、浜には島に住む住民が野次馬根性丸出しで物見見物と洒落こんできたのであった。静寂だった海辺では途端に火をつけたような状態となり、どよめきやら軽口やらで大気が支配されいった。だが、当のドーガの人間は困惑の表情を見せるばかりで、一向に言葉の意味について反応するような素振りは見られない。


「……なんて言ってるんだあいつら」


「さぁ……」

 

 それもそのはず。当然といえば当然であるが、この島に住む人間達の言語はドーガやホルスにおいて用いられているものとは異なる。異文化との交流における最初の障害が、ここに見られた。

 しかし、ドーガの兵が嘲笑や小馬鹿にしたヤジを理解できなかったのはある意味では幸運であろう。血気盛んな将校に挑発めいた嘲りが届けば、平和な砂浜が一気に流血沙汰の大惨事になっていたのは明白であり、そういう意味では、いろはのいも始まらないコミュニケーション不可能な状態はセーフティとなっていて安心して見ていられた。とはいえ、武装した兵士が堂々と他国へ侵入しているという中々に暴力的な行為がなされているという現実は変わらない訳であるが。



「ナンダナンダ。ドウシタ」


 ドーガの連中がぞろぞろと浜に並んでいる中、住民を掻き分け前に出てくる男達が数名。なんだろうと思いステータスを確認してみると、どうやらこの辺り一帯を取り仕切る小役人のようである。男達はそれぞれ、大輔、英寿、伸二、圭介、火九士というようで、名前だけを見ても世界観の異なっているのが理解できてしまう。この突如として沸いた島には、似非日本風の国が発展し栄えているのだ。

 俺は、これまでのヨーロッパ(ともいえないが)然とした国々と比べ、風土から価値観までまるで違う社会が現れた事に悪意めいた意思があるのではないかと訝しみ、その気配があればとうとう断罪してやろうとモイを見たのだが、奴が何を考えているか分からなかった。それもそうだ。スキンを機械に設定しているのだから表情など変わるわけがない。




「話を聞きたい。ここはなんという国だ」


 役人の一人である大輔に対して副官が声をかける、しかし、言葉が通じないため当然意思の疎通は難しく、お互い押し問答のようなやり取りをしばし続ける。


「ナニヲイッテイル。ミョウナコトバヲツカウナ」


「何を言っているんだ。分からないのか。こちらの言葉が」


「ダカラヤメロッテ。イイカゲンニシロ。オイ。バカニシテイルノカ」


「ここは何という国だ。元首はいないか? いるなら出せ。おい、分かるか?」


「コノヤロウ。マダワカンナイノカ! シマイニハオコルゾ!」


「事ある毎にやかましいな……」


「オマエオレヲオコラセタラタダジャスマナイカラナ! テメェノチデウミノイロカエテヤッゾオラァ!」


「なんだ腕まくりなどして……俺の? 力こぶ? 凄い?」


「ナ、ナンダマジマジトミヤガッテ……キショクワルイナァオイ……」


「急に意気消沈としてどうした。情緒が不安定なのか?」


「クルナ! ヨルナ! オレハソウイウシュミハナインダヨ!」


「あ、馬鹿やめろ! 腕を振り回すな!」


 二人の間に距離が空くと、大輔以外の人間は住民は大きく笑い声をあげ、ドーガの兵士たちも苦笑を禁じ得ず脱力する始末であった。茶番めいたやり取りに、すっかりと緊張感が削がれてしまったようである。


「くそ! 話にならない!」


「ダメダ! コイツラゼンゼンハナシツウジナイ」


 お互いが交流を諦めたところで対話は終了。異星初となる、高度な文化を持つ国同士の交流は間の抜けたやり取りが行われただけであり、それを報告した副官はムカームになじられ、兵達は暇を持て余し、宣教師達は「これも試練である」と訳の分からぬ使命感を互いに語り合うのであった。

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