神は言っていない3

 異星の覇権はリャンバとドーガに二分され、このままいずれかが世界を支配していくように思えた。

 大陸の集落はリャンバが支援し続々と国として独立しながらも、そのリャンバに依存していくマルチ商法のようなシステムが作られていき、暴力ではなく、経済と精神による統治が進んでる。

 ドーガにおいては宗教を利用した強力なトップダウンが形成され一枚岩となって富国強兵的な政治体制が築かれつつあり、軍事力と組織力を背景にした国家は恐ろしい程に強固な国家を作り上げていた。


 こうなると当然両者は互いを意識するようになるが、この段階では争いが視野に入っていなったのが救いであろう。リャンバは大陸をほぼ支配しており別段血を流す必要がなく、ドーガはホルストへの奴隷販売以外に大陸と干渉がなかった事に加え(フェース人への苛虐を理由にジョージと絶縁したのにも関わらずホルストは奴隷に依存していた)、後述するとある理由により戦争などしている場合ではなかったのであった。


 反面、かつて隆盛を誇ったホルストにはおいては土地も力も影響も大幅に色あせ、形骸化した大陸の盟主という看板だけが残っていた。


 もちろんユピトリウスの総本山としては機能しており、未だ多くの信者が法王を神の代理人と崇めているのは確かなのであるが、知識、労働階層の人間がほぼリャンバへと流れた事から、インフラをはじめとした基本的な生活の基礎形成を奴隷の労働力に依存するしかなくなっていたのだった。ホルストは反旗を翻し砂をかけて出ていったドーガに足元を見られた金で人間を買う事でしか国として存続する道がなく(というより当人たちがその道以外を選ぶ気がなかったのであるが)、また、リャンバからの流通品にも高額な税を掛けたことから経済の発展も見込めずどんどん都先細りの傾向を見せながら、かつての残像を追い続ける幻影の楽園として存在するだけの都となってしまっていた。

 この頃ホルストの支配者となったヨハネは精神を病み始めており、失脚後はいよいよ末期となって多くの子供を集めさせては性的、暴力的、変態的な加虐趣向を向け虚ろな心を満たすようになる。その事件が発覚し死刑となると、ユピトリウスの信者はますます疑心にまみれ哲学的な問答を繰り返すようになるのであるが、それはまだ少し先の話である。




 さて、一様の紛争や血なまぐさい問題が整理された異星では(奴隷の問題はあるが)、新たなイベントが起る。場所はドーガより離れた海上。海図を作成していた大型船において発生した事象である。



「……おや」


 船員が異変に気が付く、見慣れぬ場所であったが潮の動きや風の流れはどこにおいても共通である。満ち引きと大地の匂いと、薄くなっていく海の色合い。海原における無限の緊張感が和らいでいく空気が意味するところを、彼らは知っていた。


「陸か……」


 

 波を掻き分け船が進む。見えるは山と浜辺。そして奥に佇む、明らかに人工的に作られた建物。


「人がいるのか」


 そう、人だ。人の住む痕跡が、気配があるのだ。


「どうする?」


「そうだな……」


 一同は興奮の中においても冷静に話し合い、一旦ドーガへと帰還する選択を選ぶ。そして、島からはその船影を見据える視線が確かに存在していた。森の影からひっそりと、大きく目を見開く生物は、人間以外に形容できない生命体であった。







「え、人? 島? なんで? どうして? 知らないよ俺」


「言ったじゃないですか。自然生成されるって」


「いや、確かに聞いたが、こんな規模でしかも文化を発展させるものなの?」


 新たに見つかった島はホルストまではいかぬもののそれなりに巨大な面積を有しており、また、そこに築かれた建築物は、一定の文化的水準を満たしていると理解できる様式であった。


「フェースの人間があまりに愚かな遺伝子だったので現代の価値観に沿うような人間になるよう配列改良パッチを当てました。その結果、思ったよりも高度な社会を形成したようです」


「なるほど。それは分かった。しかし、いつの間に発生していたんだ? 俺はまったく気づかなかったぞ」


「それはそうでしょう。あそこに住む人間たちは、ドーガの船が一定領域に踏み込んだ瞬間に産まれたのですから」


「は?」


「条件を満たしたため新たなイベントが発生したんです。イベント名は“異文化コミュニケーション”。その名の通り、異なる文化圏の人間と邂逅する内容ですね。無論、このイベントのシチュエーション的に、出会う相手には優れた文化的生活が求められるわけですから、秒の間に数百年の営みがセットで付随した事になっていますね」


「……俺が今まで見てきたものや悩んでいた事が無駄に思えるような仕様だな」


「とんでもございません。これまでの発展があったからこそ、新たな高度な社会性を持つ人類が生まれたのです。これも石田さんが星を作り上げてきてくれたおかげです。ありがとうございます」


「……釈然とせん」




 モイとそんな会話をしているうちに、新たな島を発見した船がドーガに到着した。船員は事の一部始終をムカームへと報告し、褒美としてきんを授かるも、一夜のうちに使い果たし素寒貧となる。海の男とはまったく豪放なものだ。




「ジョージ司教。朗報でございます」


 ムカームは話を聞いたその足で聖ユピトリウスのトップであるジョージ・フォンド・ドーガの下に赴き今後の展望について語った。


「南方に新たな島が見つかりました。そこにはなんと、人が住んでいるとの事です。これは絶好の機会です。聖ユピトリウスを、ドーガとホルスト以外の人間にも広めていきましょう」


「なるほど。それは名案だが……」


 ジョージはやや影を作り、思案したように口ごもった。


「なにか?」


「……それによって、貴公は何を望むのだ?」


「決まっていますよ」


 ムカームはジョージがようやく出した疑問について、静かに微笑み、こう答えた。


「世界です」




 数日後、ドーガから多数の軍人と少数の宣教師を乗せた船が港を後にし、南方へと舵を切り進んでいくのであった。


「神の思し召しである。遙か遠方の友人たちに、我ら聖ユピトリウスの教を説くのだ!」


 俺は言ってもいない事の責任を取らさられる心苦しさと理不尽さに頭を抱えながら、モイが入れたエナジードリンクを啜り、新たな大地へと向かう船を見送るのであった。

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