神は言っていない2

  ドーガにおいては聖ユピトリウスの司教であるジョージ・フォンド・ホルスト改め、ジョージ・フォンド・ドーガが取りまとめ、側近としてムカーム将軍が控えたと後世の歴史書に記された。


 ムカームは自らが聖ユピトリウスの教徒となった事を宣言し、また、ホルストのユピトリウスとは教義や考え方が全く異なる事をドーガ全土に広めたのであった。


「諸君。私はこの度、聖ユピトリウスの教徒となり洗礼を受けた。だが誤解しないでほしい。私は、決して神とやらに全人格を捧げたわけではない。私は、一つの概念として神という存在を仰ぐ事にしたのだ。無論、敬虔なる信者の方々は私を軽蔑、あるいは憎悪するであろう。それは仕方がない。そうした誹りは甘んじて受けよう。しかし、一度考えていただきたいのは、これまで神を信じなかった者たちが、存在さえ知らなかった者たちが、私の一声により神に目を向け、関心を抱いたという事実である。はっきりいって私は神がいると断言はできない。だが、皆の心に宿った存在となれば、それは認めなくてはならないだろう。思うに、神とはそういった存在であってもいいのではないか。少なくとも、私のようににわかに神を信じられない者にとっては、そちらの方が正しいありかたであろう。そうして、心に浮かぶ神の名の下に、常に人として正しくあろうという心がけが生まれるのであれば、それは皆の、いや、皆の信じる神の望むところではなかろうか。よって、ここは一つ、寛大な姿勢と慈悲によって、私のように神の声を聞こえぬ者たちを迎え入れてほしい。さすれば、私たちは神を信じる事ができるのだから」


 この後、ムカームは拍手喝采で聖ユピトリウス教徒に迎え入れられる事となったのだが、ジョージ司教の手が回っていた事は言うまでもない。ちなみに聖ユピトリウス教徒は真なる者としてトゥルーサーと呼ばれるようになる。地球における陰謀論者の名が充てられるとは、皮肉なものだ。


ともかくとして、こうしてホルストの主流派と分裂したドーガであったが、所属自体はあくまでホルストであるというのが実に絶妙なパワーバランスを生み出していたのであった。

 本国ホルストでは確かにヨハネ率いる本家ユピトリウスが幅を利かせているわけであったが、体制派との単純な力関係は六対四と圧倒的というわけでもなかった。おまけに軍事力、政治力においても掌握しきったとはいえず、これまた微妙なところで均衡を保っている状態であり、ドーガをどうにかしようにも手が出せないというわけなのである。いかに七賢人の影響力が削がれているとはいえそこは元統治組織。手を回す手間は惜しまないし、俗物な分だけ保身のためには全力で知恵を使うのである。七賢人にしてみればドーガの騒動はユピトリウス分裂による求心力の低下が見込める絶好の機会に外ならず、これを逃す手はないと、彼らは国防力強化の名目でドーガの戦力増強を推し進め、公にムカームへの援助を行い聖ユピトリウスへと肩入れを始めたのであった。


 これに対してヨハネは旧体制派を痛烈に批判し、ホルスト国内での発言力を高めるために躍起となった。

 ヨハネはバーツィットに聖堂を立てるとそこを聖地として居住し、次に遷都を提言。政治機能をホルストから簒奪する計画を隠す事なく発言し、更には強行ともいえる手段を取っていったのだが、その強気の姿勢が逆に不信を買う形となり、市民レベルでの人離れが始まっていったのだった。


 しかし離れていった人間が旧体制に付くかというとそうでもなく、多くの者がリャンバへの移民を始めていく。中でも商人や技師の流出が顕著であり、リャンバはこの時代において超文明的な発展を遂げるのであった。鉄道の本格化や飛空艇の試験導入。天文学、地学、薬学の飛躍的進歩。住民の生活水準の向上。精神的優位性取得による文化面の進歩と多様性の容認。バランスの取れた競争と協力。社会福祉意識の芽生え。保険、預金、金利、貸借の採用。経済の活性化。民間銀行の設立。農作業の高度システム化。等々、多くの分野において他とは比較にならない急成長を遂げるのであった。


 この急速な社会拡大に七賢人は目を付け、リャンバの指導者であるキシトアに自分達の受け入れと身の安全と地位を保証させるよう命じるも次のような言葉を受け拒絶された。


「リャンバに移民するというのであればご自由に。他の者と同じく、移動と住居と職の保証はいたしましょう。だが、それだけです。リャンバは自助自立と弱者公助が基本原則であるわけですから、力のない人間に権力を与えるわけにはまいりません。まずは結果を出してから然るべき地位をお望みください。それと、もしその身を移すのであれば、ご自分の事はご自分でお守りくださるよう。一応治安維持の兵士はおりますが、彼らの多くはホルストに対して様々な想いがあります故」


 暗に来たら死ぬぞという脅しである。これに対して七賢人の面々は一様に怒り心頭となっていたがどうする事もできなかった。武力を行使しようにもユピトリウスとの派閥争いの関係で軍事力は本来の半分程度までしか動かせず、また、そのうちの三割はドーガに割いているのである。交渉するにもあらゆる面で劣る彼らに出せるカードなどなく、結局捨て台詞と恨み節を述べるだけに留まり、交渉の席に座る事もできなかった。


 彼らは次にドーガを頼ったがこれも拒否される。理由は内政不安であり、身の安全を保障しかねるといったものであった。実際ドーガでは市民感情のコントロールを目的とした奴隷の暴動などが意図的に起こされており、ムカームの邪魔となる高官から死人も出ているため、断念せざるを得なかった。

 そうこうしているうちに一人死に、二人死に、とうとう七賢人だった老人達の半分が他界し、地位の剥奪を余儀なくされていった。残った者は隠居に逃げ、鬱屈とした余生を送る事となる。


 新たなる七賢人の椅子には誰も座らず、ヨハネが法王となり実権を握る事となるが、同時にリャンバが国として独立を宣言し、また、ムカームも宗教を理由に離反を突き付け、バーツバ、ツィカスをそれぞれ国家と定め、ドーガを含めた三国の統治を聖ユピトリウスが執り行うとしたのであった。

 

 これらの動きに対してヨハネはなし崩し的に認める他なく、その無力によって権力をますます失っていく事となり、やがてその地位を引きずり降ろされる事となる。はかなき野望は、夢のまた夢。




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