どうだ明るくなったろう5

 その夜、高級士官用に用意された食堂で予定通り司教と会食を行ったムカームは笑顔を取り繕いながらも難なく談笑に花を咲かせるのであった。


「私も好きで戦っているのではありません。いつか、すべての人間が銃を捨てて手を取り合えるような世界になればいいと考えております」


 ムカームからそんな言葉が出てくるとはまったく信じがたい事であり、同席していた管理官も「まさか」といった様子で苦笑いを浮かべていた。滅多な事は言えず適当に調子を合わせてはいるが、普段からは考えられないような言動に冷や汗を流している小心ぶりは少しばかり不憫はある。


「ムカーム将軍は存外話が分かる。軍人とは戦いの事しか考えていない不心得者だとばかり思っていたが、考えを改めなければなりませんな」


「そういっていただけると恐縮でございます。いつも管理官殿からユピトリウスの教義を伺っているものですから、色々と考えるようになりました」


「それは良いことだ。君も、神の教をしっかりと説いているようだね。感心な事だ」


「いやいや。当然の事ですございます」


 管理官は空笑いを響かせ汗を拭う。訝しみながらも、自身の評価の上がる分には事実無根だろうが関係ないといった俗物的な精神性が垣間見え俺は生理的な嫌悪感を抱いた。もっとも、この場で「君、嘘はいかんよ」などと言えるような気骨があれば、嫌がらせ目的で偏狭の地へと飛ばされたりはしないわけであるが。


「普段から管理官殿には誠にお世話になっております。いやはや、良き上官に恵まれたものですよ。あぁ、杯が空いておりますね。これはとんだ無礼をいたしました。今、お注ぎ致します」


「あぁ。すまんね」


 この時、管理官が煽る酒のペースは明らかに尋常の外にあったが、本人はムカームの異変により生じた妙な緊張によりそれどころではなく、司教においては酒を飲まぬものだからそもそも酒量の尺度が不明でその様子を異常であると認識できていなかった。しかし、この場でムカームだけが事の成り行きを、おかしさを明らかに承知しているという風であり、ややもすればこの状況を作り出しているといった疑念さえ浮かぶのであった。



 実際その通りであった。ムカームはあえて不自然な空気を演出していたのだ。その理由は……





「申し訳ございません司教様。しばし……」


 青ざめた管理官が席を立つと、ふらつきながら椅子の背もたれにつかまり転倒を防いだが、ようやって立っている事ができるという様子でかなり危うい。明らかに飲みすぎの症状である。


「大丈夫かね、フラフラじゃないか」


「いや……はい、問題ありません」


 どう見ても問題だらけなわけだが、管理官としては会食の場で酩酊、前後不覚などという醜態を認めるわけにはいかないだろう。直ちに一時退出し、意識のある内に酒を吐き出し、水で酔いを薄めたいというのが最適であると考えたに違いなかった。


「これはこれは……申し訳ございません。どうやら私が勧め過ぎてしまったようで……部下の酒を断るような真似をしないのは、管理官の美点ではるのですが……」


 はにかんだような笑みを見せるムカームであったが、彼の眼には獣の光が宿っていた。それは策略を働かせ人を罠にかける人間が見せる、狡猾な眼光である。


「申し訳ございません司教様。私と管理官殿は少々席を外させていただきたいのですが……」


「かまわんよ。なんなら、今日はこれで解散としても……」


「いえ、それでは余りに礼を失するというもの。私も管理官も、そのような不義理は望むところではございません。すぐに戻りますので、どうぞ、よしなに……


「そうかね……分かった。待とう。ただ、あまり無理はしないようにね」


「恐れ入ります。それでは、しばしお時間を……」


 管理官は抱えて部屋を後にするムカーム。必然、残るは司教のみ。いつもは複数のユピトリウス教徒と護衛を付けて出歩いている人間が、就寝以外で久方ぶりの一人となった。当人はその奇妙さに些かの、いや、かなりの心細さを覚えたようで、ソワリとして落ち着かず、不安を隠せずにいた。


 ……!


 ドアが開く音がした。誰かが部屋に入ってきたのである。


「あぁ、早かったね……」


 それが誰かも確認せず司教は声を出したが、すぐに言葉を失い息を呑んだ。何故なら、彼の前に立っていたのは管理官でもムカームでもなく、ナイフを持ったフェース人の奴隷であったのだから。


「な、なんだ君は!」


「殺す」


 不合致なQ&Aが終了するとフェース人が飛び掛かり、教祖を押し倒して馬乗りの形となった。激しい悶着に卓は引っ繰り返り、食器が辺りに散らばる。


「止めなさい! こんな事をしてどうなる! 神が許さぬぞ!」


「殺す」


 聞く耳持たぬとはこの事で、フェース人は司教が何を言っても殺すとしか答えず、手にしたナイフで首を狩らんとしている。それに対しなんとか相手の手を持ち防ぐ教祖であったがもはや限界が近いようで、徐々に凶刃が近くに迫り、死への想像が膨らんでいるようであった。





 死にたくない。




 教祖の感情が俺に伝わる。どうやら、特定個人を見ているとその人物の思考などが流れてくる仕様のようであった。俺は良心に急かされ手を貸してやろうと端末を取ったが、そこまでで終わってしまった。俺が介入するまでもなく、司教の命は失われることはなかったのだ。しかし……


「司教! 今の音は!?」


 部屋に飛び込んできたムカーム。その瞳に写るのは、散らかった料理と、鮮血に染まる床と、ナイフを手にした司教。そして、フェース人の死体であった。

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