どうだ明るくなったろう4

 ユピトリウスの影響は遠く離れた外海の地であるドーガにも及び始めていた、


「奴隷反対! 暴力的支配からの解放を! 人類の自由を奪うドーガは神の名の下に悪行を謝罪し罪を償え!」


 それは反奴隷を掲げるユピトリウスの文句である。

 ユピトリウス教徒はどうやってかドーガに侵入し、連日に渡り奴隷解放の訴えを叫び行進をしていた。これに対してムカームはというと、苦虫を噛み締めながらも黙っているばかりである。何故かといえば、この頃着任し彼の上役となった管理官がユピトリウス教徒であるからに他ならない。管理官は日ごろ行進を行うユピトリウス教徒のデモを眺めながら、満足そうに頷くのを日課している敬虔なる信者であり無能であったわけだが、この男がわざわざドーガにまで赴任しムカームの上官のとなったのには理由があった。


 ホルストの七賢人はムカームの野心に気が付き始めていた。というのも、ムカームはドーガのホルスト領統治に当たり、奴隷の反乱防止を名目に多くの資源や金を兵器生産に費やしていったのである。その総戦力はホルスト本国の兵力の四割に当たり、戦略と戦術が噛み合えば切迫肉薄。万が一があれば打倒できるレベルにまで達していたのだった。それを危惧した七賢人は急遽、無能として名を馳せていたグレートワンスの一人を招集し、ドーガホルスト領ツァカス、並びにバーツバの指令を任命したのである。

 この嫌がらせのような人事は大変な効果を発揮し兵力の生産性は著しく低下。また、夢見がちな反戦論と平和主義により兵士達の士気も低下し、目も当てられぬ無規則と堕落を誘発したのであった。




「いい加減、行進の取り締まり許可をいただきたく存じます」


 ある日、痺れを切らしたムカームがそう進言する。しかし、なしのつぶてで管理官はこう返すのであった。


「何を言いうか。我らが神の名の下に行われる聖者達の行進ではないか。それを取り締まるなどとは恐れ多い」


「では、奴隷を開放してもよろしいですか?」


「馬鹿な事を言うな。フェース人は貴重な労働力だ。それを失うことはホルストの国力を大いに損なう事となる。開放など、許されるわけがないだろう」


 清々しいほどのダブルスタンダード。見事なまでの二枚舌。チープなロボット玩具の手のように回る掌はもはや感心する境地まで至り、ムカームは無意識に、腰に下げている拳銃のグリップに手をかけるのであった。


「……いや……いやいやいや」


 一秒で冷静さを取り戻したムカームは自分を抑え込むように小さく呟くとなんとか自制に成功したようだった、しかし、見ている限り限界は近いように思える。いつ射殺してもおかしくない精神状態は、見ている側にとっても不安定な感情を沸かせ胸が苦しい。


「? どうした?」


 そうとも知らず管理官はまったく平和な顔をして返答するものだから、ムカームは付き合いきれんといった風に目を閉じて、直ちに平静を取り戻したのだった。


「いえ。なんでもありません。少し考え事をしておりまして」


「そうか。貴公も気苦労が絶えんな」


「……」


 再び手がグリップに延びそうになるが、今度は我慢ができたようだった。


「ところでムカーム将軍。今夜、司教様と食事をするのだが、君も来んかね」


「……司教とですか」


「様をつけなさい。様を」


「はぁ……」


 司教とはもちろんユピトリウスの司教である。

 発足して僅かな年数しか経っていないのにも関わらずユピトリウス教は随分と体系だった組織を築き上げていた。その事をモイに聞いてみると、どうやら俺の言葉により発生した宗教のため、発展が促進されたとの事である。


「神の言葉がカリスマ持ちの人間に届いたわけですから、それはもう、パッシブに巨大な影響を与えますよ。石田さんが何となくで持っていた知識や知恵が声に乗り、石田さんが管理する星に住む人間たち届いたのですから、段々飛びに躍進発展していったのです。それだけ神の力は偉大であり絶対。干渉するのが嫌なのであれば、滅多な事で介入しない事ですね」



 つまり、俺のせいでこのわけの分からん新興宗教が国教にまで上り詰めようとしているというわけであった。これだけの効果があるのであればどうして内戦の時に発揮しなかったのかと聞くと、「世界を作るのに七日間かかるのと同じです」などと抜かしたのだから腹が立った。遅効性の信仰心などまるで毒のようではないかと大いに憤ったのだが、その怒りをぶつける相手は自分自身に外ならず、なんともやるせない。





 さて、話は戻りムカームであるが、上司の誘いに果たしてどのような返答をするのか見者であった。奴の価値観からして不俱戴天の仇ともいえる宗教家との会食など何が何でも避けたいイベントであろうが、仮にも上役からの直々の誘い。簡単に無碍にするわけにも普通はいかない。いや、ムカームのような人間であれば「結構」と一蹴に付す可能性もなくはないが、今管理官との関係を険悪なものとしては七賢人の思う壺である。奴の聡明さであればそれは当然理解しているはずであるから、何とかして現状の打開を企むだろうと俺は睨んでいた。


……


しばし沈黙の様子を見せる二人の間には、既に息苦しさが生じつつあり、どちらが動いてもおかしくない頃合いである。




「……どうかね」


 先に口火を切ったのは管理官であった。やや眉間に寄った皺には苛立ちが見て取れる。これはムカームにとってプレッシャーとなり、一層言葉を選ばなくてはならない。どうなるか見ものと俺は前のめりとなり、息を呑んで次の展開を待った。


「……それもいいかもれませんね」



「え」



 なんとムカームは、あっさり承諾。俺は呆気に取られて間抜けな声を出してしまった。


「そうか。よかったよ。では、夜に君の部屋まで向かえを寄越そう」


「はい。お願いいたします」


 上機嫌となった管理官は恵比須顔でその場を後にし、残ったムカームは、なにやら不穏な笑みを浮かべ、その背中を見送った。

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