どうだ明るくなったろう3

 加えて俺の動揺をさらに増幅させるでき事が起こったのが戦後八年目の事である。ホルストの研究家、ヨハネ・フォンド・ホルストが、アミークスとアミストラルピテクスの紛争が書かれた書物を解読し捏造。神域の時代を都合よく捻じ曲げ創作し、聖書として発表したのであった。


「神の神託は真実であった! 争いのなんと野蛮の事か! 我らは人類の担い手として正義を執行しなければならない!」


 ヨハネがそう高らかに宣言すると、聴衆は諸手を挙げて「その通り!」と叫んだ。扇動の始まりである。

 ヨハネは信者とともにホルストに聖堂を構えると、そこで多くの人間を取り入れ洗脳に近い宣教を行っていった。おれを信仰するその宗教は名をホルストの神域ユピトリウスとし拡大していく。


 ユピトリウスの教徒は弱者救済を謳い恒久的な平和実現のため無償奉仕と説教を自主的に行う。刹那的な快楽に溺れる人間が蔓延る世であったが、だからこそ先にある無常観を悟り(飽きともいうが)、人助けによる精神の充足感に自身を見出す者が増えていった。その輪がホルストの上層にまで拡大するのにそう時間はかからず、ついにはユピトリウスを背景に持つヨハネ派と旧態依然の七賢人派の二派閥に分かれたのである。


 二つの派閥は激しく対立し、終いには流血沙汰の騒ぎまで発生する始末となる。ユピトリウスの教義で言えば暴力行為はアウトのはずであるが、自由のための闘争は神の与し使命であるとこれを容認。最高指導者であるヨハネでさえも凶行を肯定し、平和を享受していたホルストが一編、殺伐とした空気に陥る。人々は神を崇める者と憎む者のよって大体が二分され、宗教戦争の体が形づけられようとしているのであった。


「神は言った! 我らに幸あれ! 邪悪なる者たちに裁きあれと!」



「言ってない!」


 俺はモニタ越しで演説する教徒につい突っ込みをいれてしまった。

勝手に代弁をされても責任が持てない。やるなら自分の意思で行動してほしいものであると、無責任な事を想ったのだ。



「まぁでも言ってることは普段の石田さんと似てるじゃないですか。戦争はよくない。平和が一番と」


 皮肉なのか嫌味なのか判別はつかなかったが、モイの発言がイラつきを募らせた事だけは確かな事実であった。


「そうかもしれんが火急的すぎるだろう。段階を踏まずにどうして暴走めいた事をするんだこいつらは」


「そりゃあ、今が一番勢いがあるからです。ヨハネとやらはホルストを牛耳ろうと躍起になっているのでしょうね。急進的な求心を得た今この時こそ、簒奪においてまたとない機会ですから」


「あ、そういう理由」


「そうですね。ちなみにあのヨハネ、カリスマ持ちなので人を容易に動かせます」


「なるほど」



 俺はまったく激しく後悔をした。あの戦いのとき、感情に任せて異星に声なんか送らなければこんな事にはならなかったのではないかと思わずにはいられなかったのだ。宗教を背景にした政治体制の画一などという目も当てられぬ愚に突き進んでしまうきっかけとなったのが俺の一声であったなどと、とんでもなくどうしようもない過ちである。まさかこんな結果になるとは思いもしなかったのは間違いないが、それにしたって自身の行動に起因する事象に変わりはないわけであるからして、己が浅はかさを痛感するばかりであったのだった。



「なんとかならんのかこれ」


「なんともならないでしょう。既に賽は投げられました。あとは目がでるだけです」


「なんともはや……」



 悲しいことに、どの目が出るかは明らかであるように思えた。七賢人の体たらくは誰が見ても明らかであったし、豊かなことが当たり前となった人間たちはさらなる心の虚無を満たすために偽善的な奉仕活動にのめり込むようになっている。おまけにバーツィットの連中がこれに便乗し、相互扶助と共産意識を声高に唱えはじめ、人々はこれに賛同しつつあった。唯心論と唯物論の悪魔的合体である。


 時代が生んだ化物は当人達以外においても影響を与えたのだが、中でもリャンバにおいてはこれをチャンスとし、大きな動きに出たのであった。


 神に救いを求めるのは自由であるが、それを強制するのは傲慢である。我々は自由意志を尊重し、神の教えを求めない人間を歓迎する。


 キシトアが出したこの宣言によりホルスト本国にいる非ユピトリウス教徒(反ユピトリウス教徒と表現しても差し支えないが)の多数がリャンバへの移民を決意。移動に伴う費用に共住と職の保証まで約束したのだからとんでもない人数のホルスト人が鞍替えする事となったのであった。

 

 これに対しホルストは遺憾の意を表明。リャンバへの扇動的な文句を控えるよう求める。しかし、ホルストはそれ以上の行動に出る事はできなかった。趣向品などのほとんどがリャンバに依存している事に加え、市場ではマトゥームに属する商人が強い権力を持っているのである。流通に関してはほとんど独占といってもいい状態は、かつてホルストが振るってきた圧倒的な力を揺るがすものとなっていたのだ。


 七賢人はこの状況を良しとしていた。国力低下を招いたユピトリウスの暴走に乗じ、再び権力を我が手にせんと企てていたのだ。


 しかし、その計画も水泡に帰す。ヨハネはユピトリウス教徒の幹部と結託し、次のような意向を可決させたのである。


 我々は友人であるバーツィットと手を取り市場の独立化を図るものとする。

 リャンバ商人とその仲間で組織されるマトゥームの商品については税を課し、市場の健全化に取り組む事とする。


 こうしてホルストとバーツィットはリャンバを牽制しつつ、生産力の向上と国内(というより地域なのだが)自給を推奨する旨を発表。反マトゥームの商人や生産者を抱き込み、リャンバ排斥の動きを見せたのであった。

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