どうだ明るくなったろう1

 歴史上初となった大戦規模の戦乱を終えた異星には春に吹くそよ風が如く沖融ちゅうゆうたる平和が訪れていた。

 無論、戦後間もなくは混乱の支配する無秩序な地域もあったが、そもそもがホルストの都に戦火が及ぶ事のなかった局地的戦闘がメインなわけであったし、ドーガとフェースの交戦も一方的な侵略に等しいものであったため、基本的に戦勝国はノーダメージ。いや、むしろ逆に、方々から労働力の供給をできるように成った事と、地方独立による公共事業の縮小と税制の導入により返って国力増加の要因となったともいえる。


 ホルストは確かに集落の独立を認可し自治権を与えた。しかしそれと同時に土地の使用権と治安維持費として半年ごとに税として金を計上する事を義務付けた。仕組みとしてはその集落に住む労働者が得た金の一部を徴収し、それを献上せよという所得税的な回収方式を取っていた。しかし、地球に生きていたころニートだった俺には所得がなく縁のない話でったが、考えてもみると儲けた分取られるというのは理不尽に思える。まぁ共助社会において必要なものであるわけだから、俺も働いていたら当然渋々ながら払っていたであろうが。


地球の税金と同じく福祉などに還元されるのであればまだ納得もできるだろうが、残念ながら土地の貸し出しと安全の対価という建前上払った分流れていくだけであり、まごうことなき搾取なのであった。おまけにホルストは「自治を認めたのだから今後は自助の精神のもと都市の整備を行っていただく」との宣言を出し一切の協力を拒否したうえでのことであるから阿漕あこぎな話しである。


 この対応に各集落は不満の色を隠せなかったがお上の言う事であるから従わざるを得なかった。というより、反乱をしようにも先の大戦を思い出すと皆、戦う意欲を削がれるのである。結局は強者ばかりが笑い、弱者が泣きを見るという現実を彼見せつけられ、逆らったところで無駄死にとなるだけであると教え込まれてしまったのである。


 しかし、そんな状況を好機であると捉える者が一人だけ存在した。トゥーラ改め、リャンバを収めるキシトアである。


 戦後、リャンバの指導者となったキシトアは貧困に喘ぐ集落に物資を提供し信頼を得ると、酒や工芸品を卸しそれをホルストへ売りにいかせた。勿論、それらの商品には値段がつけられており代金を取っていたのだが、キシトアは「ホルストで売るときは五倍の値段を付けるように」と助言を与えるように指示を出していた。


「そんな値段で売れるんですか?」


 集落の人間は当然そういって訝しんだのであったが、実際に商売をしてみると確かに五倍の価格で、しかも飛ぶように売れていったのだった。景気上昇の止まらぬホルストは一位国民、二位国民問わず皆金を持っており、浪費に抵抗がなくなっていたのだ。

 この戦略が軌道に乗るとリャンバは商団マトゥームを結成し、ますます影響力と権力を確固たるものとしていく。国家ぐるみでの市場独占は加速度的に浸透していき、ホルスト首脳陣の頭痛の種となっていくのであった。



 大陸では経済と市場の複雑化が進む一方、フェースでは悍ましい行為が行われていた。

 フェースは名目上ドーガに占領されその植民地となっていたわけであるが、支配権については実質の権限を握るムカームの手中にあった。

 ムカームはフェースの人間を奴隷とし、また、フェース本国を奴隷の生産地点とするようドーガに提案し、ドーガはこれを承諾した。形としては提案であったがそれは命令であり、拒む事はできなかった。

 強大な軍事力を背景に迫るムカームにドーガは応じざるを得ない。言われるがままにフェース人から人権が剥奪し、フェース本国を奴隷牧場として管理する事となる。また、フェース人はドーガだけではなく大陸にまで運ばれ、かつての低奴よりも過酷な労働を強いられるであった。



 異星はの一部は確かに豊かになり、争いはなくなった。文化や化学の発展も目覚ましく、このまま繁栄を続ければ、間違いなく地球のような社会が築かれるのは明白であった。しかしそれは果たして是であるのか。俺は悩むのである。結局のところ、誰かが得をする分誰かが損をする世界となってしまうという事なのだから。





「なんというか、嫌な世界になってきたな」


 俺はモイ(ジョンの設定を人型から丸いボール状のマシンに更新し、ボイスを伊達じゃない超大型新人声優のような声色へ変更した)に愚痴るようにしてため息をついた。俺の望む、夢と希望に溢れた幸福な世界からどんどんかけ離れていってしまっているからである。


「まぁこんなものでしょう。どんな世界であれ、基本的に生物は利己的。自身や自身の集団を第一として行動します。自然の摂理ですね」


 姿かたちは変わっても相変わらず知ったような事を言うモイには毎度イライラとさせられる。


「しかし人は一人では生きていけんのだぞ。ホルストの連中だって、下の人間がいるから自分たちが裕福に生きていけるという事実に気が付くべきではないのか」


「彼らはそれを当然だと思っているのだからなんともなりませんね。自分たちは特別で勝者だから何をしてもいいと本気で思っているのです」


「愚かな事だ。そういえば、カシオンが忍ばせていた人間はどうした。反乱軍が敗北した場合、人権意識を啓発し普及する役目を担う人間がいただろう」


「そんなもの、すっかりなかった事にして普通に暮らしていますよ。せっかく無事に生き延びたんです。下手に動いて自らの身を危険に晒すような真似はしないでしょう」


「……いや、そうだな。その通りだ」


「おや、怒らないのですか?」


「俺がそいつの立場だったら、恐らく同じことをするからな……」


 なんとなく、自分の綺麗事が恥ずかしくなった。


「気にする事はないですよ石田さん。申し上げたように、生物なんてのは基本的に利己主義なものです。なんなら利他主義でさえ突き詰めればエゴイズムに帰結するといえるでしょう。産まれた環境の中で最適化して生きてくのは、悪い事ではありません」


「……」


 悔しいが、俺はモイのその言葉に少し救われてしまった。そうだ。人は、基本的には自分の事を第一に考えるものなのだ。そう思えば大概は納得できるし、正当化もされる。しかし……



「……神として、この世界をこのままにしていいのだろうか」


 その一点だけが俺の心に杭を打ち、傍観者としての立場になれない要因となっていた。


「どうされるかは自由です。神様は貴方なのですから」


「……」



 結論は、未だに出ない。

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