武器よこんにちは10

 人々は神という単語を知らぬようであったが、なにやら畏怖を抱いていることは理解できた。概念として浸透していなくとも、生まれた時から持つ魂に響いたのである。いつぞやにイケメン有罪を食らわせてやった猿に芽生えた畏敬の念と、まぁ同じようなものだろう。これならばやりやすい。


「聞け! 人間どもよ! 俺は神! お前たちを創造しこの星を守る者である!」


 先ほどまで争っていた連中が血の海で棒立ちとなり天を仰ぐ様は中々に爽快で、つい自身の持つ圧倒的な優位性に溺れてしまいそうになったが耐える。俺の目的は支配ではなく自由と平和の樹立だ。暴君ならぬ暴神となってはまったく目も当てられん。


「いいか。貴様らの争いは無益だ。血と禍根しか残さぬ負の連鎖しか生まない最大の愚行だ。同じ大地に足をつける者同士が何故いがみ合う。手を取り共存し、互いに繁栄していく事こそ尊い営みではあろう! 目を覚ませ! そして認識するのだ! 命の尊さと生の在り方を! お前たち人間にはそれができる! いや! できなくてはならない! 皆が皆を許せるのだ! 分かったな! それではさらばだ! 人類に誉あれ!」




 我ながら完璧な演説であったと思った。殊、戦いで疲弊した兵士たちの心にはさぞかし染み入ったことであろうと想像し悦に入っていた。俺は自らの支配欲を危惧していながらそれに呑み込まれていると気が付かず、説法めいた綺麗事を並び立てて悦に入っていたのである。なんたる俗物。なんたる軽薄。人の心を汲みもせずよくもまぁ勝手な論舌を披露したなと恥ずかしくなる。そして何より恥ずべきは、この短慮かつ突発的な行いを秒で思い知らされたという点である。





「石田さん。戦闘再開しました」


「なに!?」


 ジョンの言葉に耳を疑う。俺はまだこの時自らの痛々しさを理解しておらず、改心した人間たちが武器を捨て抱擁しあうと決めてかかっていたのである。


「まぁ、戦っている当人からしたらあんな言葉響かないでしょう。何せ、命を賭けて、守るべきものを守るべく、皆、剣を取り血の道を歩んでいるのです。どこの誰かも分からぬ存在に、いきなり止めろと言われても、聞くわけがないでしょうね」


「馬鹿な! 神の言葉だぞ! 奴らの骨身に作用し感動の嵐が巻き起こるはずではないか!」


「強制的に服従させる機能は勿論ありますが、それは石田さんの意向でカットしてあります。彼らもこの星に産まれた以上システム的に神である石田さんの声がすれば黙って聞きはしますが、現状の設定ではそれだけです。全ての意思は彼らの魂に準じ、自由の名の下に行動をしているのです」


「そんな……では奴らは、俺の言葉を聞いてなお自らの意思で続けるというのか……愚かな戦争を……」


「愚かな戦争ですか……第三者から見れば確かにそう感じるかもしれませんが、やっている側からすれば戦わなければならない理由があります。というより、戦わなければならない事態になったからこそ彼らは死すら厭わず殺しあっているのです。故に、余計な口を挟むなというのが本心でしょう」


「そんな馬鹿な! 信じられん! あいつらは好きで殺しあっているというのか!?」


「私の持論的にそうですと言いたいところですが、別の観点からはそうでないともいえるでしょう。まぁつまり、安い言葉になりますが、義務とか責任とかといったものが生じているわけです。ニートの石田さんには腑に落ちないかもしれませんが……」


 ジョンがまったく失礼千万なことをほざいたがそれどころではなかった。俺は、戦争など誰しもが忌避すべきものだと思っていたし、誰かが、絶対的な存在が仲裁にさえ入れば皆争う事を止めると信じていたのだ。それがどうだ。完全に俺の空回りである。愚鈍な人間が突如頓珍漢な発言を行い一同が白けるという場面を何度か見たことがあるが、完全にそれであった。要は俺がやった事は、真剣な人間を相手に茶々を入れただけなのである。


「これを」


 打ちひしがれる俺にジョンがヘッドセットを渡してきた。何かと尋ねれば、地上の人間の心情や感情を言語化し聞けるようになる装置だという。


「これで、彼らの思想に耳を傾けてみてください」


「……」


 促されるままにヘッドセットを装着。聞こえてくる人々の声。それは俺の心において、大変重く、痛ましいものであった。




「何が手を取り合えだふざけやがって。そもそもホルストが差別さえしなければこんな事をしなくてもよかったんだ」


「ホルストのやってきた事を許せるわけがないだろう! 弱者を挫き強者ばかりが美味い想いをするような連中を! 殺さなければ気が済むものか!」


「戦わなければ殺されるんだ! 殺さなければ! 俺が……俺たちが!」


「子供の未来のために戦うんだ! それを止めろだろ!? ふざけるな! ここで敵を殺せるだけ殺さないと俺たちに未来はないんだ!」


「どうして向こうから攻めてきているのにこっちが許してやらなければいけないのだ。粛清当然である」


「互いに戦力が減れば後に支配しやすくなる。ここで潰し合ってもらわねば困るな」




 ヘッドセットを外し、俯く。

 俺は馬鹿だ。自分のエゴを押し付け、人々を支配しようとしたのだ。それは認めざるを得ない。しかし、だからといって戦争を肯定する事をどうしてできようか。


 前述したように、確かにこの一連のでき事は俺の軽薄な精神性による自分勝手な行動であった。だが、戦いを否定したい、根絶したい気持ちは本物である。それを望む事すら、間違っているというのだろうか。俺の思いは、理に通じない世迷い事なのであろうか。そう思うと無力感に襲われ、妙な笑いが声に出て漏れてしまった。情けない醜態である。


「石田さん。平和とは戦いの果てに産まれるものです。今はその過程に過ぎません。何時の日か、生物が究極の進化を遂げた時こそ、争いの影もない、真の平和が訪れるのです。その時まで、今は待ちましょう」


 ジョンの言葉に俺は答える事ができなかった。奴の発言をそのまま信じる事もできなかったし、俺自身が、そんな未来があるのだろうかと疑念を抱いてしまっていたのもあった。

 ともあれ、戦闘は継続し、そして終わった。血に染まる大地に倒れる数多の死体。反乱軍は全滅。朝を迎え、日に照らされた戦場の後は、地獄がそのまま顕現したかのような、凄惨な絵図であり、俺は息をする事もできず、ただ、その跡地を見据える事しかできなかった。

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