武器よこんにちは9

 かくして陽動は然るべく日の夜中よちゅうに決行されたのであった。


 兵力の総数は当初の半分以下。武力組織としての限界点寸前の規模。包囲殲滅の運びとなるは明白であったが、ここまできて命の惜しい者などは皆無であり、決死戦前においては如何なる死に様を晒してやろうかと一同嬉々として話すような異常ぶりであった。しかし気が狂れているわけではない。ある者は正義のため、ある者は復讐のため、ある者は信義のため、ある者は憎悪のため、この絶望的な状況においてなおも戦い選択肢を進んだ人間には明確な、体制側に従じるわけにはいかない絶対的な理由がある。死ぬと分かっていても彼らは、戦う道しか進めなかったのだ。



「各員準備はいいな? 行くぞ」



 バグの号令に一同は立ち上がる。

 もはや口上も建前も必要なかった。

 ただ、行く。前へ。

 終わりに向かって進む。

 その合図を告げるだけでよかった。

 今更何を言う事もない。暗黙の内に、彼らは理解しているのだ。死地への案内人となる、バグの心情を。






 松明を消し進軍。目下に聳える堅城ホルスト。ここまで迫る事ができたのは七賢人の怠慢と油断。そして保身のためであり反乱軍が自力で勝ち得たものではない。だが、来たのだ。間違いなく、ここまで近く、目前にまで歩を進めたのだ。それは変えられない事実であり、残すべき歴史でもある。栄華隆盛を極めた大国が、反乱分子の一団に肉薄されたという、変え難い史実を、後に産まれる異星人は知らなければならない。




「……突撃!」


 最後の命令が下ると、反乱軍は怒号と共に突貫を開始。火矢を浴びせ、大地を燃やす。赤光に照らされる一団は例外なく覚悟を決めており、悲観した顔の者はいなかった。



 ホルスト側では炎の道が続く前に兵が出された。前線に出てくるのはまず徴兵されたこと集落の民兵である。が、怯え、竦み、戦う前から戦意を喪失している者も多くいた。反乱軍の鬼気迫る突撃に気圧され、力なく立ち尽くす若者が数多に見られる。


「どうした。早く進め」


 そんな彼らを咎め、死地へと促すのはホルストの正規兵。防衛隊である。見張りの伝令を受け、将軍が急遽独断で部隊を展開したのであった。


「し、しかし……」


「怖いか?」


「そりゃあ…」


「そうか」



 兵は呟くと、兵の一人を袈裟斬りにした。響く悲鳴と騒めき。この戦い最初の犠牲者は、陣営内での処罰により発生したのであった。



「聞け! 貴様らは戦うために集められたのだ! 自由のために戦いに来たのだ! それが臆してどうする! 戦え! 貴様らが愛してやまなぬ集落のために敵を殺せ! さもなくば我らが賊ごと貴様らを殺す! いいか! 貴様らが交わした契約は我らホルストの慈悲と知れ! 貴様らが如き愚民共が制約なく生きていける道を授けるという大いなる慈悲であると!」


 そう叫ぶのは守護隊隊長を勤めるガニス将軍である。


「さぁ行け! 貴様らは戦う権利と義務が与えられたのだ! 叛徒の血を流せ! 自由という果実は死体の山に実を結ぶのだ! 殺せ! 皆殺しにせよ!」


 民兵達が半狂乱で行軍する反乱軍へ向かって行ったのはガニスの言葉の後、ホルスト軍が抜刀したからである。

 それは死狂いの狂騒。極限の極地であった。死を恐れる者達が、死にゆく者達へ向かう、破滅的な図。人々に宿る生と死の狭間が、明確に表れていた。



 両者が激突するのにさして時間は必要なかった。互いが互いに突き進み、剣先の間合い、銃の射程、槍の届く距離に入った刹那、人間を殺傷していった。恐竜は飼われていた事を忘れ、獣性のあるがままに暴乱し、敵味方区別なく歯牙にかけている。全てが殺戮者となり人に凶器を振りかざす。血に染まり欠落していく心身を顧みる事もせず、闇雲に殺し、殺されていく。俺は修羅道があればまさしくこんな風景だろうと思った。奴らはもはや、暴力のみに生きて死んでいく、阿修羅の徒である。






「石田さん。目を背けてはいけませんよ。これが、石田さんが作り上げ、築き、見守ってきた星の姿なのですから」


「……俺は戦争なんぞさせる気はなかった」


「そうです。この星に住む人間は、自らの意思で戦っているのです。貴方が関与、干渉せずとも、彼らは勝手に戦い、死んでいくのです……」


 ジョンは震えていた。歓喜にあたり、戦慄いているのである。


「これが! これこそが生命の在り方! 生物の性! 命の煌めき! 生の力! 生きとし生きる物の宿命! 生者はすべからく戦うべきなのです! それが産まれ出た物の定めなのです! あぁ素晴らしい! 私はこれを待っていた! 未だ途上にある者達が争い進化していく様を!」


 嬉々として語るジョンは本気でそう言っているようだった。戦いの歴史を、人の歴史を己が価値観に当てはめ歓喜する様は異様であり、怒りを促す前にまず恐怖を抱くほどに狂っていた。


「石田さん。どう思われますか? 圧巻。壮大ではありませんか? 私はこれほど生命を尊いと思える瞬間はありません。生きるために戦い、死んでいく命を、私は大変素晴らしく感じるのです。進化の過程を、神秘を間近に拝めるこの瞬間は、何も変え難い、珠玉の時であると言えるでしょう。石田さんは神としてそれを見る事ができるのだからまったく、偉大な特権です」


「……俺はそうは思わない。人が不条理に死んでいくのは、やはり間違っている」


「不条理ではありません。進化のために必要な、条理に適った死です」


「そうだとしても、やはり不条理だ。殺されていく、死んでいく人間にとっては、紛れもない、理不尽な運命だ」


「その理不尽こそが争わせるための要素なのです。あらゆる生物は戦うために、感情や理知を手に入れたのです。暴力に抗うため、許せない物を得るため、殺したいと思うために、脳が、血が、負の情報を与えて身体を動かすのです。つまり拒絶は肯定。暴力を容認するためのシステムなのです。石田さんであれば、もうお分かりになるでしょう」


「いいや分からん。分かるわけにはいかん。俺は神だ。平和と幸福を授けるための装置だ。であれば、そんな説論を受け入れるわけにはいかんのだ」


「なるほど。しかし、この現実は変わりませんよ? 争い、死んでいくこの現実は」


「そうかな」


 俺は端末を握り、音声入力モードをオンにして叫んだ。


「俺は神だ! 戦いを止めろ!」


 雷が如く伝播するおれの声に人々は静寂で応えた。異星人類史初の、神との接触である。

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