武器よこんにちは8

 大陸では変わらずにバグ主導の元反乱軍とホルストとの間に戦闘が続いていたが雌雄は決しつつあった。

 初動こそ反乱軍に分があったが時間の経過につれ徐々に形成は逆転。武器はともかく人員の補給ができないバグ達において戦線が伸びればそれだけ不利となり、疲弊していく。長期戦の不利が如実に現れる頃には手遅れ。おまけに敵はかき集められた民衆である。心理的に討つ事は容易ならざる沙汰。反乱軍の瓦解はそう遠くない未来に見えた。


「本日、二十六名が除隊を願いでましたのでこれを承諾いたしました」


「そうか……」


 カシオンの報告にバグは小さく頷く。去るもの追わずを掲げていた反乱軍の人員は日を追う毎に増加していき、戦線を維持するももはや厳しい状況となっていた。しかし、だからといって無理強いはできない。それは彼らのイデオロギーに関わる事であり、また、負け戦に挑むうえでの矜恃でもあるからだ。


「……近く、全戦力を持って中央突破を行う。その旨、追って伝えてくれ」


 決心したように、バグはそう伝えた。


「それは無茶では……」


「そうでもないさ。今のままでは戦力を削っていくだけであまりに意味がない。地方で地盤を固めるにも、敵の本隊である正規軍が来たらまず勝てん。逃げる事も叶わず、皆殺しとなるだろう。そうなる前にホルストを破壊し、国としての機能を破壊せねば戦略的勝利は得られぬだろう」


「……確かにそうですな。ホルストが残っていれば、仮に交渉に持ち込んでも後日反故にされましょう。しかし、肝心の戦術は如何なるものでございましょうか。どれほど現状が悲観的だとしても、玉砕に向かうというのであれば、私は何に変えてもお止めせねばなりません」


「案ずるな。ちゃんと策は用意してある」


 バグはそう言うとカシオンに向き直り、自身で立案した、以下の作戦を説明するのであった。




 現在、反乱軍の侵攻は深く、ホルストと肉薄する所まできている。が、裏を返せば敵に攻められやすいという事であり、ホルストがなり振り構わず進軍してきた場合殲滅は免れない。

 そこで、夜のうちに本隊が奇襲を仕掛け敵を陽動。別働隊が速やかにホルストへ潜入し、内部より破壊工作を図る算段。破城においては火薬と爆薬を用い、敵武器庫の発火、発破性兵器も利用して瞬く間に爆散させるのが上策である。

 潜入に際しては機動力と隠密性を重視するのは勿論、経験と知識に富む人員を選抜する。大役であるため、信の置ける者であるのは言うまでもない事である。

 多数の犠牲は出るだろうが、我々ら恐れず邁進しなければならない。勝利の可能性は著しく低いが、やらねばならぬ。各員、死を覚悟のうえで武器を取り、血と肉の道を切り開くべし。





 全てを読んだカシオンは「むぅ」と唸り押し黙った。殊更最後の一節を何度も読み返し、都度、呼吸が深くなっている。それは、バグに問うべきか問わざるべきかの選択を決めかねているように思える。


 この策は、暗に逃げろと書いてあるのである。負け戦を強要して兵の士気を下げ、離脱を促しているのだ。カシオンは、それを理解している。


「……もはやどうにもなりませんか」


「どうかな。存外上手くいくかもしれんぞ」


 談笑するように語るバグの覚悟は既に決まっているようだった。自らの死場所を、死に方を定め、戦いの中で死ぬ宿命を受け入れていたのである。


「申し訳ございません。貴方を巻き込むような事態となってしまいました」


 ……


「……言っただろう。これは我々の戦いだ」


 この時バグは自分の命など考えてはいなかっただろうが、自らの命令で死んでいく者に対しては深く心を痛めていたに違いなかった。カシオンが謝意を示した時、彼の腕は震えていた。怒り、悲しみ、恐れ、多様な感情が交わり、ようやく声を出したと言った様子であった。


 バグには自身の不甲斐なさや無力感も当然あっただろうが、強者が弱者を蹂躙し虐げるというホルストの旧態依然のあり方に対して強い反感を抱いているように思える。


 バグはホルストにおいて管理官の任に就いていた頃から横暴や搾取に対して嫌悪しており、それ故に外界へと脱したわけであるが、ホルストの全てを見限ったわけではなかった。七賢人の中には良識派や慎重派もいたし、ジーキンスに直談判を突き付ける気骨ある人間も少なからず在籍していた。バグは自分とチェーンが抜ける事で地盤の緩みを示唆し、そうした人間の手によって自浄作用が働く事を儚くも期待していたのであったが、その望みが潰えたとあっては自身の甘さを痛感し、滑稽とさえ感じたであろう。俺がその立場であれば、理想主義者の成れ果てとしてつくづく道化じみた空回り方をしたと無念に沈んでいるのは間違いない。



 だが、俺はその生き様を否定し、笑う事ができない。弱者の側に立ち、強きに屈せず立ち回る信念は得難いものであり、人として真にあるべき姿であると思うのだ。


 この戦いの勝敗は決し、バグの死も、もはや免れぬものであるが、彼の魂は死後もあらゆる人間の礎となり、生苦を支える柱となるだろう。いや、そうならねばならない。少なくとも、俺が神として見ている間は、バグの生き様を歴史に留めよう。それが、この星を任された者の務めであるのだから。

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