武器よこんにちは7

 フェースの占領は瞬く間に執り行われた。

 攻撃の開始からチェーンとムカームが艦から降りて視察するまでに要した時間は三時間程度であり、歴史上最も最短で勝敗が決した決戦であると後の歴史書に刻まれる事となる。




「随分と少ないな。殺しすぎたか」


 捕虜となったフェースの人間を見てチェーンは驚いた。主力の離脱を予想してはいたが、まさか人口のほとんどが出ていったとは想像だにしていなかったからである。


「話によりますと、大半の住民が外海へ逃げたと述べています」


「仲間割れでもあったのか?」


「いえ、気がついたら出ていっていたと……」


「なんだそれは……」


「なんでも、防衛に関して意見が割れた事が要因だろうと」


「なるほど。確かにあんな馬鹿な壁で島を囲おうとしていた連中だ。袂を分かつのは賢明な判断だな……どこに向ったかは聞いていないのか?」


「はい。まるで検討もつかないとの事です。また、話によりますと、出ていった人間は海からやって来て、捕らえた者達に言葉や技術を教えたと……」


「……っ!」


「如何なさいましたか?」


「……いや」


 言葉にこそ出さなかったが部下の報告でチェーンはこの島に誰がいたかを察した。フェースに漂着し、戦闘艦を建造し、見事な戦術手腕を発揮し、島を脱したのが誰であったかを。

 そして、その人間が今、どこで何をしているのかも。




 奴が生きていたか……




 チェーンは思わず天を仰ぎ感慨に耽った。二十余年、離別し出会う事の叶わなかった友を想い、柄にもなく感極まり心胆の揺らぎを抑えきれなくなったのだ。


 しかし、彼の誇りがその隙を許したのは僅かであり、数秒の後にはいつもの不敵な表情を浮かばせ、捕まったフェース人に「おい」と問うのであった。


「貴様らが五年前に沈めた船について、何か知っている事はあるか? ここより西方に位置する海域での事だ」


 チェーンの質問に、フェース人は軽薄に答える。


「……あぁ、俺らが撃った船の事か」


「貴様らがやったのか?」


「そうよ。それまで大砲なんざ撃ったこともなかったから、練習がてらにな」


「そうか。それは誰の命令だった」


「誰の命令でもない。俺らの判断だよ。撃ちたいから撃った。それだけだ」


 原住民が口角を上げてそう答えると、チェーンは「そうか」とだけ発して拳銃を抜き、順番に頭を撃ち抜いていった。


「これでカリムの弔いは終わりだ。生き残った者は奴隷にする。女子供は自由にしてやれ」


「この島は如何なさいますか?」


「ホルストの大将閣下と話して決めるさ……どうせこちらの被害は消費した弾と燃料くらいだ。一部資源の採掘権くらいでも十分お釣りがくる」


 チェーンは心ここにあらずといった様子でそう伝えると、手にした銃を地に捨てて船に戻っていったを

 復讐を果たし、友の存命を知り、支配地域も増えたがしかし、チェーンの心には虚しさしか残っていない。滾っていた野望も望んでいた戦いも、今の彼は望んでいなかった。心にあるのは休息。ただ一息、ベッドの上での睡眠を欲した。





 翌日。ムカームは朝食を摂るチェーンにを尋ねた。


「敵国の支配おめでとうございます。早速、本国へこの旨を伝えに行かせていただきます」


「内乱中のホルストへ、か」


「……ご存知でございましたか」


「いや、知らんよ。ただ、この島を出ていった連中に心当たりがあってな。奴らならば、恐らく、いや必ず大陸へ移りホルストを相手取り争うだろうと確信が持てるのだ。貴公が本国に呼ばれたのは、その討伐であると睨んでいた。それだけの事だ」


「なるほど。バグさんですが」


「察しがいいな」


 チェーンは鼻で笑い食事を空けると、改めてムカームを見据えて口を開く。


「いいのですか? むざむざ見殺しになされて」


「いいも悪いもない。奴が選んだ道だ。俺如きが、その選択をどうこうする事もできまい」


「なるほど……」


 チェーンの言葉は本心ではなかった。彼は今すぐにでもムカームの旗艦を奪い、古くからの盟友を助けんとホルストへ駆けつけたいと思っていたが、現実問題としてそれが不可能であると承知しており、内心で反吐が出ると自虐しながら軽々な台詞を並べ立てたのであった。


「ところで、島を占拠したはいいが補償はどうする。こちらとしては、半分も支配できれば御の字と考えているのだが?」


 チェーンは敢えて話題を逸らす。自身の内に宿る真意を、欺くように。


「随分と謙虚ですね」


「結果論的に貴公らの血と汗は流れなかったが、敵艦がいればそうもいかなかった。わざわざ被害覚悟で艦の貸し出しもしてくれた相手に対する礼としては、相応な気もするが?」


「そう言っていただけると助かります。何せこちらも危険な橋を渡っておりますので」


「命令違反に味方艦への砲撃は、確かに洒落ではすまんな」


「そうですね。いずれも露見すれば死刑でしょう。恐ろしいものです……」


「まぁ、貴公の部下は当然ながら、俺も俺の部下も口を開いたりはせんよ。美味い酒が入れば、その限りではないがな」


「そう言っていただけると安心できます……あぁ、あと一つ、お願いがあるのですが、聞いてはいただけませんか」


「なんだ」


「簡単な事ですよ。死んでいただきたい」


 ムカームは言葉を発した瞬間、銃をチェーンに向け発泡した。胸を撃ち抜かれたチェーンは僅かに意識を保っていたが、程なく死亡した。


「ありがとうございます。これで、私の目標に近付けます」


 そう言ってムカームは船舶の一部に爆薬を設置し部屋を後にする。

 束の間もなく響く爆音。人が十分に集まる。そうして、機を見て彼は、こう叫ぶのだった。


「チェーン殿が賊に撃たれた!」


 と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る