武器よこんにちは6

 チェーンとムカームはロングアイランドの上でフェースに築かれた防壁を眺め嘲笑していた。


「なんとまぁ度し難いものですな。島全土を覆うのにどれほどの時間を要するやら」


「艦の性能と戦術から警戒していたが、どうやら敵の防衛に関しては心配せずともいいらしい。とはいっても、何か奇策があるやもしれんし、油断はできんがな」


 二人が失笑するのも無理はない。フェースの原住民が島を囲おうとしている壁は無様な事この上なく、罠がある可能性を考慮しても拠点防衛においてまったく役に立たないお粗末な施設だったからである。もっとも、そもそも島を覆う壁を建築しようなどという構想が既に間違いであり、原住民の蛮族ぶりが見て取れるわけだが。


「旗艦に戻る。砲撃のタイミングは合わせてもらうぞ」


「分かりました。お任せいたします」


 作戦前の会議を終えたチェーンは連絡艇に乗り旗艦へと帰っていった。ムカームはそれを見て、胸に一物ありそうな不敵な笑みを浮かべるのだが、その心中を覗かなかった事を、俺は戦いの後に少し後悔する。



「よし。信号を鳴らせ」


 ビューグルが鳴った。砲撃の合図である。その直後にバグの号令が下る。


「撃て!」


 轟音と共に発射される主砲がフェースの壁に着弾。粉微塵に砕け、原住民が吹き飛んでいくのが確認できた。浅慮かつ知識薄弱な奴らであったが、こうして無残に死んでいくのを見ると哀れに思う。だが、それは単なる偽善ではあるまいか。関わりのない人間の死に心痛めるなどエゴの極地であり、真っ当な者であれば実に客観的に菓子でも食べながら映画を観るような感覚でいられるのではないだろうかと、ふと浮かんだのである。


 若輩ながら俺も人並みの経験は積んできたつもりだ。当然、殺してやりたいほど憎い輩ができてしまった事もあるのだが、この、人の死を望む人間性を持ちながらも人の死を悲しむという矛盾に気がつくとどうにも苦しく自己否定的な感情を抑えられなくなった。俺はこの異星で散々命だの尊厳だのとのたまってきたが結局は自分が罪悪感を得たくないための欺瞞であり、本質的には目の前の人間が生きようが死のうがどうでもいいと思っているのではないかと騒つくのである。自分に害を及ぼす存在の死には笑い、それ以外には涙を流すなどなんとも冒涜的で俗物的な精神性であろうか。俺は自分が根本的に下衆の部類に属するのではないかと自覚してしまうと、何か神とか創造とか茶番に思えてしまって居た堪れなくなった。いっそ自分もあの原住民達に混じって粉微塵になった方がよいのではとすら考えると、何もかもがどうでもよくなって自暴自棄に似た理性の乖離を感じた。




 どうなったって構うもんか。どうせ俺はカスなんだ。だったら何をしようがいいじゃないか。カスはカスらしく、カスな真似をしていれば……




「艦は出てこんか……よし! 上陸用舟艇を出せ! 本土に潜入し制圧せよ!」


 逡巡の間に展開していく戦況。バグは戦闘艦が出てこないのをやや訝しんでいる様子だったがメタ的な目線でいえば気にする事なく、さっさと全軍で上陸してしまえばよかった。原住民が繰れる艦は二隻だけだし、また、先の砲撃で戦力の一、二割が失われた。状況的には全滅に近く、戦闘などほぼ不可能。加えてバグ達もいない事から作戦立案も現場式も不可能な混乱ぶりであり、反撃などできるはずがないのだった。とはいえ、いずれにしても攻めれば屈するわけだから二度目の隷属は避けられぬ事態であり、それが早いか遅いかの違いしかないわけであるが。




「上陸成功した模様」


 チェーンの部下がそう伝える。ドーガ軍は確かにフェースの領土へ上陸し、進行を開始していた。


「……」


「どうかなさいましたか?」


「……どうにも簡単というか、手応えがなさ過ぎる。敵の艦隊が出てこないばかりか、上陸を阻もうともしない」


「罠でしょうか」


「いや、それならばもう少し、こちらの気を引かせるために反撃してくるだろう。仮に罠だとして、上陸される事を前提とした作戦など愚の極みだ」


「では、敵に戦力がないと」


「どうかな。だが、可能性はある。艦が出てこなのは、何らかの理由で奴らの主戦力が離れているからかもしれん」


「では、今の内に……」


「そうだな。火事場のどさくさに紛れたようで気が引けるが、生憎と将軍様は急いていらっしゃるからな。可及的速やかに簒奪といこうか」


 チェーンはロングアイランドをチラと横目で捉えると更に上陸用舟艇を出すよう命じ、後に全艦隊を前進させ味方のいない地に艦砲射撃を開始した。フェース沿岸が焦土と化し、人が焦げていく。生きている人間も死んだ人間も皆等しく燃えていくのだ。その様子は大陸で俺が皆殺しにした猿共の最後に似ていた。突然に発生した理不尽にどうする事もできず、一瞬の叫びを残して潰えていく。人間が眉一つ動かさずそれができるものか。罪悪に苛まれず燃やし尽くせるものなのか。


 できる。現にそうしている。


 艦の上でフェースを眺める者は皆そうだ。

 上陸し制圧している人間もそうだ。

 みんな、人が死んでいくのを気にしない。俺はそれが恐ろしく、この略奪戦を最後まで見る事ができなかった。


 気が付けば島が焼かれ、少数の生き残りが捕らえられたばかりで、後は、死体と燃えかすが散乱するばかりであった。

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