武器よこんにちは5

 モントレーがゴミ山から資料を取り出すと同時にキシトアは「できた」と一人ごちた。


「おい、これも持っていけ」


 そう言って経過報告をモントレーに投げるとキシトアは服を脱ぎ、部屋から出て行く素振りを見せる。


「どちらへ?」


 投げられた報告書をワタワタと掴んだモントレーがやや訝しみながら問うと、涼やかな微笑をキシトアが浮かべた。


「水を浴びて少し寝る。夜は酒を飲むから準備しておくように」


「最近飲み過ぎかと」


「飲み過ぎ結構。俺の血は半分酒でできているからな」


「量を考えていただきませんと、他の者に届きません」


「だったらまた本国から送らせればいいさ。戦う人間が優先だ」


「いい酒を作るには時間がかかりますが……」


「天下をとれば無限の暇が与えられよう」


「……」


「では行ってくる。食事は魚が食べたいから、そのように」


「……かしこまりました」


 問答が終わるとキシトアは今度こそ家屋から出ていき、モントレーは呆れたように呟いた。


「このままじゃ天下をとる前に酒蔵が空になりますよ……」


 


 モントレーの文句も分かるが、キシトアが嗜みたくなるのも理解できる。異星において酒造飲酒の文化は既に広く伝播していたのだが、中でもトゥーラの酒は一際に美味であった(あくまで発展途上の文化の中でだが)。

 この時代、酒はワインのような果実の醸造酒が主流であったが、製造が雑なうえ保存の技術が確立していないため水分が蒸発し度数が高くなってしまっていた。その結果、酒は加水して飲むのが一般的であり、水の質や温度によって大きく味が左右されるわけだが(そもそも管理の行き届いていない時点でお察しでありテイストのブレも酷いものだが)、トゥーラの酒は収穫、発酵、濾過までシステム化されており、原酒を樽に詰めて保管していたのである。この酒造技術によりトゥーラの酒は従来の果実酒から飛躍的に深く、また安定した味わいを実現。民はこれを楽しんでいたわけであるが、キシトアの愛酒精神は生半可ではなく、湯水のように鯨飲していたのであった。彼が自国の酒の価値に気がつくのはもう少し後の事である。


 



 その酒を持ってテーケーがやってきたのは二日後の事であった。歳は重ねたが未だ曇りなく真っ直ぐな瞳を持つテーケーは暫くぶりに会う息子に対して屈託のない破顔を見せて喜んだが、再開の感動もそこそこにすぐさま会議を開いたのであった。




「さて、情況はどうだ。万事抜かりはないか?」


「心配ご無用。我に任せて酒でもお飲みになっていただければ朗報をお届けできましょう」


 不敵に笑うキシトアは、モントレーに報告書をはじめとした書類一式をテーケーへ渡すよう指示を出した。


「……どれ」


 それを受け取ったテーケーはゆっくりと目を通し、「ふむ」と一息を吐いてキシトアを見据え口を開く。



「結構じゃないか。これで俺も安心して開拓に精を出せるというものだ」



「父上。いい加減国政に専念なされては? トゥーラの復興も見えてきたところでありますし、今は新規開発よりも地盤固めと安定を優先していただきたく存じます」


「何を言うか。新たな大地を整地してこそ明日へと繋がるのだ。それを名ばかりとはいえ国主たる俺が率先して行わずしてどうする。弛まぬ開拓精神による前進。これが国の理念だ。だいたいだ。政に関しては俺が下手に口を出すよりシューン(正妻の名である)や部下。ゆくゆくは貴様に任せた方が賢明、いや、最善といっていいだろう。違うか?」


「……仰る通りです」


「そうだろう。今日だって本来であればシューンに来させたかったくらいだが、一応の責務は果たさねばならないからな。建前を気にするようになっただけ褒めてほしいものだ」


「はぁ……」


 国主としても父親としても大人としても自覚が不足している発言にキシトアは呆れ果てたようだったが、テーケー本人は気にする様子も見せず「よし」と言って立ち上がり簡潔明瞭にこう述べた。


「帰る」


「はぁ?」


「帰るのだ。本国は開発途中であるし、こちらは貴様が上手くやっているから、俺がどうこう口を出すべきではない。後は任せたぞ」


「いや、一応酒宴の準備を……」


「他の者に振る舞ってやれ」


「国主の言葉を拝聴したい臣下もおりますれば……」


「ならば貴様が聴かせてやるがよかろう。どうせそう遠くない未来に俺の立場に座るのだから問題あるまい」


「いや、非公式とはいえ、世継ぎの話を今ここでするのは……」


「では帰国後に書面として出すようシューンに言っておこう。では、息災にな。無理はするなよ」



「……」



 唖然とする一同を背にしたテーケーは本当に馬に乗って帰国の途についてしまった。

 終始悪い意味で圧倒されたキシトアはしばし呆然と地平の彼方を眺めていたが、ふと我に帰った瞬間、口から覇気を含んだ声が、小さく、震えながら発せられたのだった。


「国主か……」


 キシトアに真の意味での決意と覚悟が宿ったのはこの時である。彼は始めて指導者となるであろう、国主となるであろう自分を眺め、畏れ、憧れた。そして、勝利を持ってしてそれを得んと、焦がれた。

 もしかしたらテーケーはそれを見越していたかもしれないが、残念ながら本心は不明であり、また、覗く気にもなれなかった。


 また、一人の男が自ら進むべき道を見定めた時、既に我が道を往くものは一足早くその野望の足掛かりへ踏み込んでいた。遥か外海、フェース領海。本土が見える位置に、ムカームとチェーンの艦隊が迫っていたのである。

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