武器よこんにちは3
キシトアは一笑し男を退がらせると、側近の方に視線を移して口を開いた。
「存外上手くいくものだな。ホルストにしろ叛徒にしろ、もう少し用心深いかと思ったが」
「双方余裕がないのでしょう。まぁ、ホルストに関していえば怠慢と申しましょうか、慢心もありましょうが」
「それは違うぞモントレー」
「は?」
自ら蔑しておいて、キシトアは反を示す。
「ホルストへは我が直々に赴き話をしてやったのだ。であれば、心動くのも無理からぬ事。下げたくもない頭を下げ、述べたくもない謝罪を述べ、悔いてもいない過去を悔いたように振る舞い、結びたくもない契約を結び大変不愉快であったが、それも相手を踊らせてやると思えばと甘受してやった。この屈辱を堪えた我の忍耐こそが奴らを欺き足元を救ったのだ。つまり、相手が馬鹿だったのではない。この我が上手だったのよ。その点、勘違いしてはならんぞ?」
「はぁ……そうでございますな」
「そうである。よし。聞かせてやろう。我がいかにしてホルストの小役人を手玉としたか……」
キシトアは高笑いを響かせ立ち上がり、大袈裟な身振り手振りを交えて独演よろしく声を張り上げると、側近であるモントレーは「またか」と言わんばかりにしかめた面を隠そうともせず黙ってその様子を眺めるのであった。彼にとってこの一連の様式は日常であり、避けられ得ぬ不幸なのである。
「……と、いうわけで俺は最後にこう言ってやったのだ。狂ってる? それ褒め言葉ね。と!」
「左様でございますか」
モントレーはうんざりとした表情を浮かべ頷いた。キシトアの誇張と誇大と妄言とデタラメとほんの少しの真実が入り混じった一人きりの演目は飽きるほど観てきたものだから、すっかりと慣れ、心滅の境地にも労なく入ることができ、また、キシトアの口から出る言葉の真偽も仕分けする事が可能となってしまっていた。
「ともかく計画通りなのは良い事です。テーケー様も、さぞお喜びになるでしょう」
モントレーがテーケーの名を出した瞬間、キシトアは突然興が冷めたかのように退屈な顔をして壁に持たれかかった。
「……親父は開拓しか興味がないだろうよ。国や我の事など、露も考えておらぬ」
「またそんな……テーケー様がいらしたからこそ、我らがこうして生きておられるのではありませんか」
「そうだな。親父が仲間を見殺しにしたからこそ、俺達は生きている」
「キシトア様……」
「……つまらん事を言った。忘れろ」
「……」
「まったく、元はと言えばバーツィットなどを信じるから訳のわからん回り道をせねばならなかったのだ。奴らなど放っておけば、今頃トゥーラはホルストに並ぶ大国となっていたろうよ」
「どうでしょうな。キシトア様はご存知ないかもしれませんが、ジーキンスはそれはもう恐ろしい男でした。奴が死ぬまで雲隠れできたのは、返って幸いだったと私は思います」
「出たよ。お前は二言目にはジーキンスだ。実際どうなんだ。俺を驚かせようと盛っているだけだろう。そうに決まっている。どうだ」
「恐ろしい男でした」
「……っ」
舌打ちを返したキシトアは黙って椅子に座り、パーチメントに経過報告を
キシトアはトゥーラの開祖であるテーケーの子として産まれたが、父であるテーケーは子育てなどまるで関心がなく、どこかに連れて行くにしても開拓現場や建築現場、耕作地や酪農地などで点検管理や実作業を行うくらいだったし、母は母で毎日毎日集落の運営管理で子に構う暇などなかったものだから、キシトアは孤独の中で寂しさを感じぬよう思案して振る舞い心の内を誤魔化していたのであった。この痛ましい工夫こそ、キシトアの奇矯な人格を形成する骨子である。
演技がかった身振りと共に我を忘れて物事に熱中するのは一人の時間を退屈しないよう生み出された彼の自衛手段であったが、ふと我に返った時に差す寂寞とした雰囲気は、幸か不幸か、彼の持つ独特な魅力をさらに深める効果があった。それは一種の神秘をキシトアに付与し、見る人間は不思議と惹かれてしまう。実際、長年側近として付き合い呆れ果てているモントレーであっても責務や義務を超越した感情を彼に抱いているのは明らかであったし、トゥーラの国に住う人間の多くも無意識に心酔している様子であった。普段「馬鹿」「珍獣」「珍妙」「トンチキ」などと呼ばれているキシトアではあったが、確かに皆、彼を愛し止まないのであった。
「ところで、近々テーケー様がおいでになられます故、書類をお借りしたいのですが」
「机の上のどこかだ。勝手に探せ」
「机の上……このゴミ山の事でございますか?」
モントレーが衣類やら火薬やら動物の骨やら皮やら肉やらが乱雑に積まれている台のような物を指差すと、キシトアから「そうだ」とごく短い返事が返ってきた。
「なんとまぁ……まぁなんと……」
大きく長く溜息を吐いたモントレーはしばしばゴミ山とキシトアを見比べた後、観念したようにテーケーへ見せるためのパーチメントを探し始めた。途中、小さな呻き声が何度も聞こえたが、キシトアは意に介さず書き物に集中するのであった。
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