武器よこんにちは2

 さて、各サテライトが強制されるように参戦し反乱分子の討伐隊を結成していく中、自ら望みホルストへと与する非公認の集落が一つあった。


「此度の賊の討伐。参戦致せば自治独立を公に認めるとは誠でしょうか」


 謁見の場に現れた涼しげな青年は取りまとめる役人に向かって堂々とそう尋ねた。その様は美しく、無駄のない体躯が淑やかに挙動し、何とも言えぬ艶やかさがあった。


「あぁ……無論嘘ではないが……」


 役人は青年に呑まれてしまったようでしばし我を亡失していたが、青年が次に述べる言葉を聞いた瞬間、違う意味でまた自失する事となる。


「それを聞き安心いたしました。私はキシトア。トゥーラより参りました」


「トゥーラ……」


 歴史において一度滅んだ国の名である。役人にしてみれば亡霊にでもあったような心境であろう。


「私達はかつて愚かにもホルストへ反逆をいたしました。しかしそれも過去の事。国の滅亡と共に命辛々逃走した後、細々と生活をしております。今回お目汚しに伺いましたのは、一度被った汚名を返上し、再びホルストの御旗の元、堂々と胸を張って自助自活したいと思うが故でございます。どうぞ、我らに挽回の機会を……」


 

 言葉の終わり、シンと静まる。

 キシトアの礼は作法に則った完璧なものであり、また、発せられる一言一言が優雅で聞く者の心を溶かし魅了させる。

 それはもはや、バグと同じく才であった。人の心に入り込む天賦の資質カリスマ。ただ一つ異なるのは、バグは善意、潔白からなる人徳により発芽したものであったが、キトシアはまさに生まれながらの、魔力と形容してもいいほどの妖艶さと危険を孕んだものであった。


「……如何でしょうか」


 鐘の音を思わせる声に役人はようやく目覚めたような表情で「躍進するように」と発した。亡国の生き残りとあらば、まずは捕らえて上役の指示を仰ぐべきであろうが、彼はそれができなかった。キトシアの持つ魔力に当てられ、正常な思考が阻害されていたのだ。



 その報告を受けた七賢人は難色を示す者もいたが現実問題として戦力は求めるところであり、後日、国名を変える事でトゥーラの参戦を認め、トゥーラの方もこれを承諾した。以後、トゥーラは国を築いた土地に肖り、その名をリャンバと改めたのだった。





 時を同じくして、第三サテライト一同の元へ来訪者が現れた。

 その男はとある集落から来たと述べると、かく語る。


「私達はカシオン殿と同じく自由の志の元ホルスト打倒を願っております。ですが、残念ながら戦える者が多くはありません。若い男が皆出払ってしまっては、集落の存続ができなくなってしまいます。故に……」


 男は馬車に載せた積荷を一つ降ろしその蓋を開けると、バグとカシオンは息を呑んだ。荷の中には……


「かつてホルストが使っていた武器です。旧式ですが、役には立ちましょう。これをお届けしたく、本日参りました」


 


 先詰め滑腔砲や弩。投石機など、前時代的の兵器が数多。しかし、ろくな武装がないバグ達にとってこれは貴重な物資となり得る。フェースから持ち込んだ物以外、ほとんど手製の槍や弓など。はっきりといえば話にならない貧弱以前の武装であるため、この提供はまさに僥倖であった。


「これはありがたい。しかし、どこでこんなものを……」


「とある山間にそのまま投棄されておりました。随分乱雑に置かれておりましたので、恐らく新しい武器との入れ替えに伴い破棄されたのでしょう」


「なるほど……分かった。では、ありがたく頂戴しよう。代わりに何か必要なものはないか?」


「拾い物です故それに対価をいただくというのは心苦しいのですが、ご慈悲をいただけるのであれば、ホルストで流通している硬貨をいただきたく……」


「硬貨?」


「はい。我々が独立していられるのは、ホルストの動向を察知しているからでございます。そのために……」


「賄賂か」


「左様でございます。その他、自前では賄えない薬や包帯の確保にどうしても……」


「……分かりました。ご用意いたしましょう。そちらのご希望額はございますか?」


 バグに代わりカシオンが口を開く。金の類は第三サテライトの貯えから出さねばならないのだから当然だ。


「ありがとうございます。では、これくらいで……」


 カシオンの言葉に対し男は頭を下げながらも指で数字を作ると、カシオンの方も即座に反応し、金の交渉が始まった。


「なるほど……申し訳ございません。こちらも色々と入用でして……これでいかがでしょうか」


「失礼いたしました。確かに互いに苦しい状況であります。少女欲が深こうございました……しかし、あと一押しいただけると、こちら、生活がしやすくなります……」


「ははぁ確かに。分かりました。ではこれで……」


「いやはや、もう一つ……」



 金の交渉はしばらく続いたが、結局はカシオンの要求に近い金額で落着となり男は深々と礼を述べて去っていった。

 拾得物横領かつ横流しというまったく下衆極まりない商売であるが事情が事情である。心許ない戦力の底上げは大いにしたかったし、何より、逆境に喘ぐ人間同士、相互扶助の精神を忘れては大儀が成り立たない。この取引は互いにとって、実益的にも精神的にも意義のあるものであったと、バグもカシオンも信じていた。しかし、やってきた男には裏があった。





 ウピロダ川とホルストの間にある深き森の奥に、小さな集落があった。そこは定住地というよりは仮初の、さらにいえば拠点のような佇まい。そこにやってきたのは、第三サテライトが占領下においた地にやってきた、あの男である。


「ただいま戻りました」


 男が進み入った家屋で跪き仰いだ先には、もう一人の男が座っている。


「ご苦労。首尾は?」


「万事上手く」


「そうか。ご苦労。よくやった。褒めてつかわす」


 座っている男の声は優雅であり、無駄のない体躯が淑やかに挙動するのであった。そう、それは……


「恐れ多い……私は、キシトア様のご指示に従ったまででございます……」


 ホルストにて参戦の意思を表明した、キシトアと名乗る人間であった。

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