衝撃のトリーズナー4

 人が引き払われたチェーンの私邸にてムカームが語ったのは単純にして明快でありながらも理解が追いつくのに荒唐無稽な内容であった。


「ホルストを始めとして、世界を我が物としたく考えております。そのために、私自身が支配する勢力が、国が欲しい。貴方に協力しているのは、そのためです」


 間を置き、徐々にチェーンの目の色が変わっていく。よもや世界征服などという妄言とも取れる言葉を聞くとは思ってもなかったのもあるが、それ以上に、ムカームの言に偽りがないと、真っ直ぐな瞳を見て確信したからである。




 こいつは本気だ。




 チェーンは一見落ち着き払っていたが震える息を呑みムカームを見据えていた。恐怖からではなく、未知なる存在を前にした際生じる潜在的な情動により、肺腑が縮まるのだ。

 狂人の類であれば逆に御し易く、扱いも相応でいいだろう。しかし、正真正銘に正気を貫きながらも一線を超えてくる人間というのは厄介極まりない。全知全能を持って常軌を逸しようとする輩など如何にして対処すべきか知るべくもない。それを知る者は、もはやその者と同類である。


 が、だからといって怯み従うチェーンではない。彼にとって何かに恐るという感情を抱くのは最も恥ずべき事態である。故に、計算高さと冷静、冷酷さを持っていながら、チェーンは臆する事を知らない。


「分かった。それはいいだろう。しかし、ますます貴公に与する理由がなくなったな。俺は誰かのお溢れに預かって安泰を得たいとも思わないし、黙って征服されるのも御免だ。もし貴公が世界を征服するというのであれば俺との戦いは避けられんだろう。であれば、今ここで手を下した方が俺にとっては益になる。当然の処置だ」


「確かにそうですね。しかし、それは今より、もう少し先の方がいいでしょうね」


「ほぉ。何故だ」


「確かに今私はほぼ丸腰だ。互いに艦に乗って撃ち合うより確実に殺せる。だがその後はどうでしょうか。仮に私と私の部下を殺して艦隊を手に入れても、次にホルストを相手にしなければならない。定期連絡がなければ、奴らはまた此処にやってくるでしょう。それも、もしもに備え十分な戦力で、です。ホルストにはまだロングアイランド級が一隻あるし、その他の戦闘艦においても、数も力もドーガの比較にならない。開戦したとあれば、たちまち占領下として辱めを受けるでしょう」



「随分と好き勝手を言ってくれる。だが、そうならぬように立ち回り、手を打つのが戦略というものだ。貴公の言う通り、数の面では確かにホルストに劣る。しかし、奴らには二つ克服しなければならない問題がある。一つは距離。大陸からわざわざこんな辺境の地まで攻め込むのに多大な労力と物資を注がねばならないのは大いに懸念すべき点だ。道中何かの間違いで転覆しんとも限らんし、あらゆる不足を想定せねばならぬだろう。反対に我々は籠もって迎撃をするだけでいいのだから楽なものだ。そのリスクに見合う益が、果たして我々を征服してあるのか。奴らはそれを計算に入れなければならない。二つ目は戦う道義だ。奴らにとって俺は単なる脱走者に過ぎない。それも、今は亡きジーキンスが支配していた時代のだ。そんな前時代的な人間をなぜ討伐する必要がある。言っておくが、俺は貴様を殺した後、貴様が味方を撃った事実と不可侵条約の書を添えて艦隊を返却するつもりだ。向こうとて調査くらいするためにやって来るだろうが、それも快く受けてやるさ。別段、奴らの軍門に下るわけでもないのだからな」


「なるほど。では、正体不明の敵に関してはいかがなさいますか? 敵の戦力も居場所も分からない。そんな輩と戦うのだから、強大な戦力は欲しいはずだ」


「それもその通りではあるがな。だが、ホルストと事を構えるよりははるかにマシだ。貴公の行いが露見すれば、奴らはリスクやメリットなど度外視で、共犯としてこちらを攻撃してくるだろう。戦う意義が発生したホルストを相手にするなど今は愚でしかない。ならば早々に、不穏な種は摘んでおくのが得策ではないか」


「その種を、私が容易に積ませるとお思いですか?」


「……」


「タフマンがまだ帰港していない事を、貴方は疑問に思いませんか?」


「……」


「四時間。何も連絡がなければ、本国へと渡りドーガが血迷ったと伝令するようになっています。もしそうなれば先ほどチェーン様が仰った通り、リスクもメリットも度外視でホルストれ侵略を始めるでしょう」


「……小賢しい真似をする」


 チェーンは、本人が事実を述べるにしろ述べないにしろ本国へ呼び出された理由をムカームに聞かなかった事を後悔した。状況から推測すれば内乱が生じたと疑いがなく、また事実その通りであったわけだが、今、彼には確固たる根拠がなく、カードとして切るには心許なかった。もし仮に、ムカームの召集が形式的な、あるいは義務的なものであり大陸がいたって平和であったらホルストはすぐにでもドーガに攻め入る事ができるのである。それを考えるとムカームは殺せない。要求を呑む以外に生きる道がないのだ。


「貴方が私を信じていないのは知っています。というより、口車に乗るようではお話しになりません。私は貴方を決して侮りも過小評価もしない。独立気鋭の精神が未だ衰えていないチェーン様を、恐ろしく思っています」


 それは恐らく本音であろう。ムカームは秘密裏に船を用意し、かつてない規模で集団脱走を成功させたチェーンに対し畏怖畏敬の念を抱いているように思える。フェースとの交戦時に偶然チェーンの姿を見た彼の表情はまるで生き別れた父親を拝むが如く高揚に彩られていたのだ。幼い頃から無頼孤高の立場にあったチェーンを、ムカームは信奉していたのだろう。


「……大層な評価だな……いいだろう。今回は貴様の口車と策略に乗ってやるとしよう」


 チェーンとしては、ムカームの遣いとしてタフマンに伝令を送り、戻ってきたところを拿捕してホルストへ事の顛末を伝える役目を持たせた一名以外を処すという手もない事はなかった。しかし、如何に上官の命とはいえ自らの属する国の艦を攻撃する連中である。本国へ戻っても虚偽の申請をする可能性は高く、逆に貶めようとするかもしれない。それを鑑みると、チェーンはムカームの弁に対して肯く以外になかった。


「ありがとうございます。それでは明日、出航いたしましょう。連絡船が帰ってこないとなれば、今度はあらゆる状況を考慮して遣いを送ってくるでしょう。その前にドーガを出たい」



 内乱による派閥間の軋轢が生じつつあるホルストにそのような余剰戦力を出す余力はないであろう事は当然ムカームも承知しているはずであるがチェーンには黙っていた。無論、戦いを起こし、簒奪するために。


「分かった。手配しよう……」


 戦禍の影は肥大していき、死神が血の臭いを嗅ぎ付ける。

 星に産まれた命が散っていくのをこれから、俺は見なければならない。

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