衝撃のトリーズナー3

 ムカームは本国の命に従う他ない。断れば略的に裁かれ伝令班にその場で射殺されるであろう。軍人として、命令系統は絶対的に遵守しなければならない。


「伝達に来たのは貴公らだけか?」


 到着したばかりのホルスト兵にムカームは訊ねる。


「は。述べ八百名です」


「ご苦労。ゆっくりしていってくれ。まぁ、私の国ではないがな」


「いえ。至急戻るように命じられておりますので、すぐに帰参いたします。ただ、補給の許可をいただきたいと。本国への連絡船に余剰物資を載せたものでして」


「分かっている。連絡船の編成は? 帰国後、個人的に例を言いたい」


「キッテイ船長のソロムコです」


「他には?」


「述べました一隻のみです」


「そうか。分かった。物資は後で持っていかせる」


「ありがとうございます」


「下がっていいぞ」


「は。失礼いたします」



 兵はそのまま船へと戻って行き、ムカームはチェーンに別れを告げてタフマンの艦長の元へ走った。


「艦をすぐ出せ。ホルスト方面へ全速で向かい、ソロムコを撃沈させろ」


「は?」


「命令は二度は下さん。行け! 十分以内だ!」


「は、は!」


 それから五分と経たずタフマンは出航し、先だってドーガ到着を伝えるホルストの連絡船を追った。海路に沿って進めば二時間もしない内に捕捉するだろう。ソロムコは漁船を改修した即席の戦闘船である。タフマンにかかればひとたまりもない。




「将軍。先程、タフマンが出航されたようですが……」




 先にムカームへ報告を行った兵が駆け足でやって来てそう訊ねた。


「貴公も知っているとは思うが、この辺りは所属不明の敵が出没する。念のため、護衛として出しておいた」


「それは……お心遣い、感謝いたします」


「よい。それより、我らも貴公らと共に出航する事にした。先導を頼む」


「は! 了解いたしました!」


 体よく兵を追い払ったムカームはそのまま倉庫へ行き、次のように命じた。


「本国からの連絡船に載せる全ての補給物資に火薬を詰めろ。露見せぬよう偽装してな」


 その指示に作業者は大変に困惑したがムカームの形相に気圧され従う他なかった。尋常の沙汰ではないと理解しながら、従わなければ命はないと察したのである。


「邪魔はさせん」


 ムカームはそう、静かにごちた。







 ロングアイランドとホルストの連絡船カークランドが出港したのはそれから四時間後の事である。沈みかけた夕日が水平に朱を零す時分に、二隻の艦船がドーガを波を裂いていく。しかし、ロングアイランドの進行が妙に遅い。未だドーガを目視できる距離である。



「船長。ロングアイランドの足が遅れているようです」


「……将軍様を乗せてるから安全運転なんだろうさ。仕方がない。お待ちするか」



 カークランドの船長が口に加えたパイプを振りながらそう命じると、程なくして船は進むのを止め波に漂った。しかし、同時にロングアイランドも止まり、そして……






「射て」






 ムカームの号令によりロングアイランドの主砲が火を上げると、回避する間もなくカークランドに着弾。火薬入りの積荷に引火し連鎖的に爆破が起こった。轟音と豪華に水面が揺れて蒸発し、灼熱の霧が辺りに立ち込める。




「なんだ! 何があった!」




 その音はドーガまで響き、私邸にてホルスト艦隊なしでのフェース討伐計画を練り直していたチェーンの耳まで届いたのだった。彼が外に駆けて見たものは、斜陽と同じ色をして燃える炎と禍々しい黒煙に、水蒸気で歪む水平線。そして、轟沈したカークランドの残骸と、それを背にしたロングアイランドであった。




「撃墜したのか……味方艦を……」




 事の次第を察したチェーンはこの時点で驚嘆を禁じ得なかったが、ムカームが上陸し述べた一言によりそれは畏怖ともいっていい感情へと昇華する。



「明日、賊の討伐へ向かいます。準備を進めておいてください」



 かつてない見せた事のないムカームの表情にチェーンは一瞬気圧される。だが、その屈服感と屈辱感に対して反骨の精神を抱くのがチェーンという男の矜恃である。上から従わせようとする人間に対して、黙っているわけがない。


「随分と急な話じゃないか。生憎と、こちらは貴公らが帰るという事で遠征計画は白紙となった。破棄した作戦を再び描くなど部下に言えるものか」


「……」


「それに、今貴公が撃沈したホルストの船について説明を求めたい。いったい如何なる理由により味方を撃ったのか、納得のいく理由を聞かぬ事には動くわけにはいかん。いや、それよりむしろ、貴公を反逆者として捉えてホルストへの土産に渡せば、返って今より状況がよくなるかもしれん。一艦隊を借り入れるよりも、こちらの立場は良くなるだろうからな」


「……まぁ、そうかもしれませんね」


「ほぉ。否定せんか」


「できようはずがないでしょう。確かに、その方が得がある。ただし、逃げ出した国に対して頭を下げる事が貴方にできるのであればですが」


「……」


「……」


「なるほど。貴公の言う通りだ。俺には、棄てた祖国の旗を拝むなどできない」


「……」


「まずは話を聞きたい。貴公の目的を、余す事なくな、な」


「……」


 ムカームの沈黙は半ばチェーンへの同意であった。問に答える義務を持ち、また、説明する責務を負ったのである。


「いいでしょう。お話しいたします」


 ムカームは静かに、微笑を持ってチェーンに応えた。

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