衝撃のトリーズナー2

 反乱軍の侵略はホルスト城に伝わり急遽七賢人による対策の席が設けられた。


 内容としては誠に遺憾というもので、すぐさま賊を排除し神性不可侵なるホルストの威光を知らしめ世を正さねばならないといったものであったが、それを如何にして行うかという話となると、皆、口を噤むのである。


 ホルストには、というより七賢人にはそれぞれ派閥があり、それは彼らの直轄である軍部にも当然及んでいた。述べ十名からなる将軍のうち八名は七賢人それぞれの麾下きかにあって全体のパワーバランスの均衡を保っている。だが、反乱軍の討伐に当たれば勝負の如何に関わらずこれが崩れる可能性が高く、誰もが進軍の言葉を避けたのだった。


 こうなると槍玉に上がるのは必然派閥に俗してない二名の将軍とその指揮下にある部隊である。


「ムカームを呼び戻すか」


 一人がそう呟くと、それまで煮詰まらなかった場が嘘のように一致し、一同の頷きによってその案が可決。七賢人は直ちにムカームの帰参と叛徒討伐の命を伝達するため遣いを送ったのだった。



 




「……っ!」


 その報を聞いた時、ムカームは苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せ舌打ちを鳴らした。


「なんだ。減俸の報せでもあったか?」



 居合わせたチェーンがそう軽口を叩くと、ムカームは鼻で笑い肩を浮かす。


「帰還命令ですよ。艦隊を引き揚げ、本国へ戻れとの事です」


「ほぉ……」


 表にださなかったがその報せを聞いたチェーンは内に浮かんだ疑惑を静かに整理する。

 これだけの戦力を動かしておいて今更呼び戻すとは如何なる要件であろうか。ホルスト本国において軍事的な制圧が必要な事態となったのだろうが、本隊だけで対処できぬほど強大な敵が現れたとは考え難い。もし本当にそんなものが存在するのであれば降って湧くはずがなし。必ず調光があるはずだ。であればわざわざ戦力を外海に放出などするはずなく、あまつさえ他国に貸し与えるなどという愚行をするわけがない。だとすれば、突発的な難題が生じたと考えるのが妥当である。すると内乱の線がまず浮かぶ。ムカームは低奴が廃止になったと述べていたが、恐らくそれは形式上の事だろう。なんらかの形で市民を使役、搾取するシステムがあるだろうし、もしかしたらどこか辺境に押しやって知らぬ存ぜぬと蓋をしているかもしれん。なれば、当然不満が溜まる。発起するという事も十分可能性があるだろう。あるいは、ホルスト内部における派閥争いが表面化し、武力行使にまで至ったか……いや、さすがに奴らも自らの首を締めるような間抜けはしない。争うにしても下衆に知力謀略を駆使するだろう。そうなるとやはり叛徒駆逐のためが有力。しかし何故わざわざ遠征している部隊を……




 そこまで思案し、チェーンはある事に気が付いた。



「そういえば、貴公の派閥を聞いていなかったな。差し支えなければ話してはくれんか」


「……急に如何なされたのですか?」


「なに。単に気になっただけだ。もっとも、俺は二十年以上ホルストを離れている。ジーキンスのように、他の七賢人も代替わりしているかもしれんし、名を言われてもピンとこないかもしれんがな」


「……貴方もよく知っている方ですよ。今挙がった、ジーキンスの派閥に属していましたが、亡くなられてからは無派閥です。タカ派が飼っていた犬など、誰も引き取りたがりませんので」


「そうか」


 ムカームの言葉には一部虚偽が含まれていた。彼は派閥に属する事ができないのではない。あえて属さないのである。それは忠誠心や仁義といった狂信的な理由ではなく、彼自身がより強大な権力を欲しているからに他ならない。


 ムカームは亡き父、ナグマを心底から軽蔑していた。強者に媚びて弱者を叩く精神性を唾棄していたのもあるが、何より許せなかったのが、野心も持たず小役人のように使われる事に微塵の疑問も持たないばかりか、その地位に甘んじて僅かな不正を働き私腹を肥やすような下衆極まった人格を隠そうともしなかった事である。ナグマは息子であるムカームに対し、「自分は賢い」とよく虚栄を吐きかけていたのであるが、ムカームにとってそれは性的暴行に匹敵する屈辱と恥辱であった。実の父がこの程度であり、自分にその血が流れていると考えると身の毛がよだつのだ。力を羨望するムカームにとって志のない父親は絨毯にできた染みのように不愉快な存在だった。


 ムカームから見れば七賢人は彼の父と同じく野望もない木偶と同じであった。自らの出自に胡座をかき、保身を第一に考え、痛みも苦しみも他人に背負わせながら、自分達ばかりが甘い汁を啜る俗物を嫌悪していた。しかし、そんな中でもジーキンスだけは特別だった。野望のため、なし得るために考え動くその様に、彼は共感と尊敬の念を抱いたのである。


 いつかジーキンスを踏み台にして、俺がその、いや、それ以上の地位を得てやる。


 そう決意し彼はジーキンスに下ったのだが、間も無くジーキンスが死に、早くに後ろ盾と目標を失う。

 しかし、それによってムカームの野心が潰える事なく、むしろ、ジーキンスの死が彼の心をより権力に傾倒せしめたのであった。これまで絶対的な立場であった人間が死に、ホルストのパワーバランスは大きく変化する。その波に乗れば、若い内に自分が支配者となるのも夢ではないと考えたのである。


 ムカームはジーキンスが抱えていた軍務を引き継ぎ取りまとめ、その功績が讃えられ将軍の地位を授けられた。その際に幾つかの賢士から自分の派閥に加わるよう誘いを受けたがこれを固辞。何れかに汲み入りその後釜を狙うという手も考えられたが、ムカームはより果断に事を構えるつもりであった。軍人である自分自身が一大勢力となり軍事を掌握。然る後にクーデターを起こしホルストを簒奪するという構想である。そのため、ムカームは派閥に与しなかった。どこかに属せば敵対する陣営を取り込む事が困難になると考えたのである。


 彼のこの計画においてチェーンとの再会は実に都合が良かったのだが、それについては後に記する。ともかくとしてムカームは、大陸に戻る事を避けたかった。



 ここまできて今更やめられるか。



 ムカームの決心は既についていた。一方でチェーンも派閥に属さぬムカームの心境を完全ではないにしろ察する。


 派閥に属していないという事は、誰彼からの差し金ともなり得るし、その逆もあるというわけか。



 二人の間には形容できぬ揺らぎが生じていた。それは来たるべくドーガの未来のように歪で、また、強い黒色こくしょくに染まったものだった。

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